黒 の 主 〜冒険者の章・七〜 【8】 ボネリオとエルが並んで楽しそうに話をし、カリンが後からついていく。 「ほんっとにあいつは無茶ばっかりで、こっちの方が見ているだけで神経すり減らす……なぁんて事は日常茶飯事よ」 「でもそれだけ自信があるって事なんでしょ、やっぱり」 「まぁなぁ……イキナリ何も考えずに突っ込んでったように見えて、一歩先どころか何歩も先読みしてたりすっからなぁ」 いくら家督を継ぐ筈もない三男坊とはいえ、冒険者風情と友達口調で話しているのだからちょっとばかり地位のある人間はすれ違う度に二人を不快そうな目で見ていく。使用人達レベルでは流石にヘタに見てくる事はないが、それなりの者達は皆まず話をしている二人を見てくれるのだからカリンとしては都合が良かった。 カリンの仕事は勿論ボネリオの護衛もあるが、基本は人の観察だ。ボネリオとエルの様子を見て顔を顰める者――だけにしても、明らかにさげすむ者、嘆かわしいと思うだけの者、怒る者、その様を見ればボネリオに対するその人物の考えが大体予想出来る。更には彼らの連れている護衛役の兵や、屋敷の各地に配置された兵を見て、あの別荘で会った顔がいないか確認するのも忘れてはならない。……もっともこちらの場合、見た顔かどうかを判別する前に向うが何かしらの気まずそうな顔をしたり、顔を逸らしたりすると思うが。 と、そう思っていたら早速『らしい』人物を見つけてカリンは内心少し驚く。 ――もう仕事に復帰している者がいるのか。 会議が開かれる大客間の階の前にいた兵士の一人が、カリンとエルの姿を見た途端緊張を纏って顔も若干青ざめたように見えた。兜(ヘルム)で顔の上半分が良く見えないが、不自然な程にこちらを見ないようにしているところといい、元あの魔女の『お気に入り』で間違いないだろう。 一応その手の連中を探してはいたが、正直を言えばまだ彼らは『治療中』で魔法ギルドが保護していると思っていた。少なくともあの魔女と領主の事を魔法ギルドが公表するまでは彼らを自由にする訳にはいかない筈だ。 ただそれなら、もしかして、と思い浮かぶことがある。 「ボネリオ様、今日は会議があるようですが、ボネリオ様は行かなくてよろしいのですか?」 エルとの会話が途切れたところで聞いてみれば、のんびりした見た目の少年はその通りの口調で返してくる。 「え? いやだなぁ、僕が呼ばれる訳ないじゃないか。……あぁでも、一応呼ぶ可能性があるから屋敷から出るなとはいわれてたっけ。でもまず声なんてかからないよ、いつもの事だしさ」 ここまで『あり得ない』と言い切るくらい、この少年は今まで家も領地の事も、少しでも政治色がある事からは完全に蚊帳の外で育ったのだろう。その所為で安全だったのだから、ある意味幸せな事ではあるのだろうが。 「兄上方は会議に呼ばれていらっしゃるのですか?」 「あぁうん、そういや兄上は二人とも出るみたいだね。まぁそれも珍しい事じゃないよ」 逆に兄二人は積極的に政治的な仕事に絡んでいたというところか。その所為で二人共に次期領主候補から外されるかもしれないというのが皮肉なところだ。 カリンは殊更笑みを浮かべてボネリオに言う。 「でしたらボネリオ様も呼ばれるかもしれません。館の案内をして頂けるのは嬉しいのですが、あまりウロウロされずにお部屋にいた方がよろしいのではないでしょうか?」 「えー、だーいじょうぶだって、俺が呼ばれる事なんてまずないよ。どうせ呼ばれたって俺なぁにも分からないからね」 ――いえ、確実に呼ばれますよ。 今日の会議の議題は、部外者であるカリン達には勿論知らされてなどいない。だが内容は察しが付く。元魔女の『お気に入り』がこの屋敷に帰ってきているという事は、おそらく今日、領主周りの関係者全てに魔法ギルドから魔女の事が知らされるという事だろう。つまり議題は魔女問題の顛末の報告と、そこから領主問題へと発展する可能性が高い。 もしかしたら警備兵の一部が会議があるのに館から街外まで訓練に出る事になったのも、派閥的な問題あたりの政治的な意図があったのかもしれない。先に魔法ギルドから事情を聞かされていた役人の誰かが、今回の事を公にするための準備として手を打ったと考えれば納得出来る。 ――となると、今夜からは少し注意したほうがいいかもしれない。 現状だとまったく支持者がいないこの三男坊だが、上二人を領主にさせたくないためだけに消去法で支持する者が出る可能性がある。そうなれば上二人のそれぞれ背後にいる者は、ボネリオを亡き者にしてその選択肢自体を失くそうとするだろう。 「ボネリオ様、ボネリオ様っ、良かった、いらっしゃいましたか」 いかにも役職付きらしい兵がやってきて、またおしゃべりに夢中になっていたボネリオも足を止める。 カリンとしては『きたか』というところだが、ボネリオはこの事態になってもまだ自分が会議に呼ばれるとは思わないキョトンとした顔をしていた。 「至急大客間にいらして下さい。お父上であらせられるデルエン卿の事で大事なお話があるとの事です」 そこまでくれば、ボネリオ並みにキョトンとしていたエルも察してカリンに視線を向けてくる。そこでカリンが笑みを浮かべて頷けば、エルはうんざりとした顔をした。 ともかく、それで急遽カリンやエルも共に会議の場に呼ばれる事になったのだ。 --------------------------------------------- |