黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【9】



 セイネリアはうんざりしていた。
 昼食が終わっていざ訓練となったあと、軽く体を解した後に始まったのは街外にある木の伐採だった。外への訓練ついでに領内での作業というのはどこの軍隊でもよくある事ではあり、それ自体は文句を言う気もないし、勿論セイネリアも手伝った。
 ただ問題はこの兵達が思った以上に作業に慣れていなくて、逆にセイネリアが慣れ過ぎていたことだ。アガネルの元にいた時、彼の代わりに木を切る事は勿論セイネリアの仕事の一つになっていたから慣れているのは当然なのだが、それにしても兵達との作業効率があまりにも違い過ぎた。

「すごい、こちらが二人がかりでやるより断然早い」
「我ら全員で切った分より多いんじゃないか」

 それで嫉んだり悔しがったりする訳ではなく、素直に称賛の目を向けてくるのだから田舎領地の兵士は純朴である。それとも、ここにいる兵がデルエン卿下の兵の中でも殊更平和な連中なのかもしれない。
 ともかく、それですっかり彼らにとってセイネリアは『よそから来たならず者』から『すごい冒険者』にランクアップしたらしく、そうなればなったであれこれ話を聞いて来たがるのだ。
 昼食中にジジイの昔話につき合わされたのはまだ聞き役に徹していられたからいいものの、話す事を強要されるのはさすがにうっとおしい事この上ない。かといって、これからのここでの仕事を考えれば彼らからはいい印象を貰っておかなくてはならないから、適度に付き合わねばならなかった。

「成程、冒険者になる前は樵の仕事もしていた訳ですか。道理で若いのに体が出来てる」

 彼らの中での立ち位置が変われば言葉遣いさえ変わって、終いにはファダンのジジイがナスロウ卿の名前を出してきたから余計にいろいろ質問される事になる。本気でこいつらは訓練のつもりなのかと思っても、責任者であるファダンが止めないのだからキリがない。
 だが、そうしてうんざりしつつも武勇伝の披露をしなくてはならない状況も、誰かが言った一言でやっと終わりを迎えられた。

「しかしそうなると、ぜひ実戦での貴殿の腕を見てみたいものですな」

 たちまちその声には賛同者が何人も現れて、セイネリアは彼らと軽く試合をする事になってしまった。
 ただ実を言えば、セイネリアの狙いは最初からそちらの方だった。
 兵士というか、戦闘を生業とするものは基本は実力主義だ。言葉や格好で自分をよく見せるより、一度力を認めさせればあとは割合すんなりと受け入れられる。一度彼らよりも強いのだと認識させれば、少なくともこちらを下に見る事はなくなるし、何かあった時にこちらの敵に回ろうと思わなくなる。彼らに受け入れてもらう面でも、脅しをかけておくという意味でも力を見せておくのは一番手っ取り早い手段だ。
 ……その前に樵の腕で称賛されるのは不本意でしかない。

「本当なら全員相手をしてもらいところだがそういう訳にもいくまい。3人に絞るからそれでいいか?」
「あぁ、なら一人一本勝負で頼む」
「いいだろう、なら少し待て」

 それでファダンは整列して待っている兵達の方へ行くと、隊長3人を呼んで話し始めた。つまり3人というのは各隊から一人代表を出すという事なのだろう。
 そちらの様子をちらとだけ見て、セイネリアは腰から剣を抜いた。

――ジジイは正統派の騎士だし、こっちの方がいいだろうな。

 ヤジられるような状況なら魔槍を見せて黙らせるのもありだがその必要はない。となれば、あの手のお堅い爺さんには普通の武器で単純な腕を見せるだけの方が印象がいい筈だ。……なにせこのジジイを味方につけておくのは、これから味方にしたい人間の為にも意味がある。

「待たせたな、こちらは決まったから用意をしてくれ。……あぁそれと、ウチだといつも術ありなんだか構わんか?」
「あぁ、別に構わない」

 術ありと言ってもアッテラ信徒が多いそうだから、基本は強化術ありというところだろう。

「ちなみに貴様はどこの信徒だ?」
「俺は神なぞ信じない。だから術はなしだ」
「そうか……それならこちらだけ術を使うのも不公平か」
「いや、構わないさ。ただ当然、術ありならありで術を掛ける事自体も戦闘動作になるんだろ?」

 それでこちらの言いたい事を察した老騎士は、にやりと笑って答える。

「勿論だ」





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