黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【7】



 翌日、朝食をとってから予定通り、ボネリオの護衛をする二人とは別れて、セイネリアは訓練にいく警備兵について街の外に出かけていた。

「いつも訓練は外なのか?」
「今日は特別だ。人数が多いからな、お屋敷は空いてないから仕方ない」

 確かに領主の屋敷は敷地は広くはあっても植木類がない広い場所は正面門前くらいしかない上、今日は人が来るからそこは使えないらしい。それで街の外へ出る事になった訳だが移動だけでも時間が掛かって、着いた頃には昼少し前くらいになっていた。だからまず最初に始まったのが昼飯の準備という始末だ。

「まるでピクニックだな」

 言えば、あの館の警備責任者である老騎士は意味ありげな視線を向けてくる。

「まぁそういうな」

 ここの警備の責任者はファダン・ノム・レグレンというかなりの歳のいった先代のデルエン卿の時から仕えている騎士で、女にうつつを抜かして仕事を放りだした現デルエン卿には相当苦い思いをしていたらしい。何度も苦言を申し立てたが全て無視された――と主を半ば見捨てていた連中の一人だが、古参だけあってかろうじてまだ辞めてはいなかったというところだ。当然、魔女のお気に入りではないし、出来るだけあの女には関わらないようにしていたそうだ。

 ただこの男、前回ナスロウ卿の名を出したせいで好意的に接してくれるのはいいのだが、想定より気に入られ過ぎてセイネリアは少々困る事になった。

 なにせこの手の老騎士に対してかつての騎士団の英雄であるナスロウ卿の名前の効果は絶大で、歩く道中も傍に呼ばれて延々話をするハメになった。気に入ってくれるのはいいのだがへたに贔屓をされるといらぬ手間が発生するから正直あまり嬉しくはない。今も昼食の支度をせずに話に付き合えと呼ばれたところで、セイネリアとしては昼食が終わるまではこのジジイの武勇伝を聞く事になりそうだと覚悟しなくてはならなくなった。

「それにしても、そもそも警備責任者のあんたが街の外に簡単に出ていいのか?」

 多少昔話に疲れて話の切れ目に聞いてみると、ぱっとみて分かるくらい老騎士の表情が変わる。

「普通はないな。だがまぁ、今日はワシよりずっと頼れる者がいるからな。……それに貴様とは一度外で話をしたかった」

 明らかに声のトーンさえ変わった老騎士に、セイネリアはあえて気づかないふりをしてため息をついて見せた。

「ここまでにも延々聞いたが」
「あれはただの雑談だ」

 笑ってはいるが古参騎士らしい老獪さが見えるその顔に、正直やっとかとセイネリアは思う。
 領主の館の警備責任者が館を離れるのに本当にただの訓練だけの筈はない。権力者の館というのはどこで話を聞かれているか分からないし、歴代の領主で魔法使いと繋がりがあるものなどいればそのための仕掛けがあったっておかしくない。そこを離れてこんなところまで連れてきたなら、当然人に聞かれたくない話がある、と考えていいだろう。

「率直に聞こう、旦那様に何かあった……違うか?」

 若い頃から実直そうな爺は呆れるくらいそのままストレートに聞いてきた。それには正直笑いそうになりながら、セイネリアは一応は答えてやる。

「あんたの立場ならそろそろ知らされるとは思うが、今回領主の選定をするのは領主を無理矢理変えるためではない。変えざるを得ない状況になったからだ」
「……やはりな」

 老騎士が顔を苦々しく歪める。呆れて見捨てる直前だったとしても、流石に領主との付き合いが長い筈の真面目男は一度顔を下に向けて手で覆った。

「ただ死んではいない。あとあの女に入れ込んでた連中はかなり失脚すると思うぞ」

 これはサービスだなと思いながらセイネリアが言えば、老騎士は顔を上げてこちらを凝視してくる。

「何を知ってる?」
「……今はこれ以上は言えない。が、そういうつもりでいるといい」

 どうせこの地位の男なら、遅からず魔法ギルド側が整えた『真相』を聞く事になる筈だ。こんな風にいかにも意味ありげに言っておけば、誰にも言うなとわざわざ釘を刺す必要もない。

「やはり貴様はただ者ではないな、……まさか、魔法使いではないだろうな?」

 この国でその言葉の意味はつまり、見た通りの歳ではないのか、という事だ。

「まさか。俺が魔法使いに見えるか?」
「いや……だが、どうみても儂の孫くらいの歳には見えんぞ」
「人間育ってきた環境でどうとでもなるさ」
「……成程」

 そこでその話は終いになる。昼食の支度が出来たと兵が知らせに来たからだ。





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