黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【6】



「とりあえず、今後の行動について話しておくぞ」

 セイネリアの言葉に、エルが身を乗り出す。
 時間は夜になっていた。とはいえここに着いたのは昼をかなり過ぎてからだからかなりの時間が経っているという訳でもない。
 事前にセイネリア達がくる事は知らされていたから部屋はきちんと用意されていて、エルとセイネリアは二人で一室、カリンは一人で一室――空いていたボネリオの侍女の部屋を割り当てられていた。

 デルエン卿の妻が死んでからはこの家では家族で食事をとる習慣はなくなったという事で、ボネリオはいつも食事は一人だったらしい。なのでセイネリア達も彼と共に夕食を取り、以後も基本は食事は一緒に取る事になった。久しぶりの一人ではない食事にボネリオは大層はしゃいで、給仕達から冷たい視線を時折浴びることになったが。
 ただ食事が一緒になったのはこちらにとっても都合が良かった。元ボーセリングの犬であったカリンは、暗殺者として育てられただけあって毒の判別や対処が出来る。どちらにしろボネリオの食事には必ずついている必要があったから、許可をとったりする手間が省けたというものだ。

 ちなみにセイネリアはここの警備責任者に約束を取りつけておいたから、夕飯後に会ってこちらの行動についての基本的な取り決めをしてきた。カリンには各部屋に分かれる前にある程度は話してきてたから、部屋に帰ってきた今はエルに話すところだった。

「まず、屋敷の中で常に3人でついて回るのは困る、と言う事だからカリンは常についてもらうとして、俺達はここでは交代でどちらか一人だけがつくことになった」

 この地方では寒いせいか領主の館であっても廊下はそこまで広くはないし、上の兄達でさえ護衛は二人だといわれたらこちらも聞かない訳にはいかなかった。実は出来れば一人と言われたが、一人が女であるカリンならと常に二人でもいい許可をもらったというのもある。

「そうしなきゃなんねーならそれでいいけどよ、んじゃあまった一人はどうしてりゃいいんだ? 休み扱いで街に出かけていいとか?」
「たまになら遊びに出てもいいだろうが、何かあった時にすぐ行けるように待機……」
「……だなよなぁ」
「――だけというのも体が鈍るしな、警備兵の訓練に付き合って、多少なら手伝いもするといってきた」
「うげ」

 エルががくりと項垂れたのを見て、セイネリアは笑う。

「勿論兵共と完全に同じことまでしなくてもいい、適度に付き合えばいいとさ。向うとしては目の届くとこにいて行動を監視出来ればいいだけだろうしな。こっちとしては自由に訓練場を使わせてもらえるとでも思っとけばいい、お前だって部屋から一歩も出るなと言われるよりはいいだろ」
「まぁ、そらなぁ」

 外から来た見知らぬ人間が館の人間の護衛をする――なんてことになれば、一番頭が痛い思いをするのはここの警備の責任者だろう。そいつから反感を買うとあとあと面倒なため、先に手を打っておいた訳である。
 案の定、責任者である騎士にこの館でこちらがどう動くべきかと切り出したら明らかに態度が変わった。冒険者のくせにちゃんと礼儀を弁えていると言って来たから、ついでに師であるナスロウ卿の教えだと、それとなくあの爺さんの名前を伝えてみた。
 思った通り、ここでは相当の古参らしい老騎士はこちらを見る目まで変わって、やたらと感激していたから第一印象としては悪くなかったろうと思う。

「それにここの兵はアッテラ信徒が多いそうだ。お前はきっと歓迎してもらえるぞ」
「あー……ンだなぁ」

 実際廊下ですれ違いざまにエルに対して会釈をしてきた兵はそれなりにいた。それに魔女がいた別荘でも確かに兵にはアッテラの印を持つ者が多かった。魔女の印を探そうとしてアッテラの印を見つけた事も何度かあったからかなりいると思っていいだろう。

「とりあえず明日はお前があのガキについとけ、あのお子様は話相手が欲しかったみたいだしな」
「……そりゃいいけどよ、お坊ちゃんは思ったより素直で可愛げのあるガキだったし」

 実際、夕食前に館を少し案内してもらったが、エルとボネリオはずっと喋りっぱなしで既に相当仲が良くなっているようだった。ただ、二人の言葉遣いがどう見てもただの友達同士なノリになっていたから、すれ違う人間で顔を顰めていた者は結構いたが。

「俺は兵共の顔を一通り見ておきたい」

 それでエルはおおよその事情を察してくれたらしく、苦笑して背伸びをした。

「りょーかい、せいぜい睨み効かせてきてくれ」

 そのまま座っていたベッドに倒れたエルは、今度はベッドの上で背伸びする。

「エル、一つ注意しておくことがある」
「はん?」
「ここの連中、おそらく殆どがまだあの魔女事件の顛末を知らない」
「マジかよっ」

 エルが急いで起き上がる。

「ボネリオだけじゃない、殆どの連中があの程度の認識だ。別荘に篭った領主は好きにさせとけ……で、それきりなんだろう。流石に領主の代わりに領内を回してたような上の連中は知ってると思うが、ヘタをすると上の息子二人もまだ知らない可能性がある。これじゃ街が平穏なのも当然だな」

 考えればそれは分からなくもない。セイネリア達が到着する前に魔女の所業を明かしてしまったら、ボネリオが守る者もいない状態で危険に晒される事になる。

「うぇ、んじゃキナ臭くなるのはこれからってことかよ」
「そういう事だ。魔法ギルドからも連絡はくるだろうが、周りの連中の変化に気をつけておけ」

 面倒くさそうに頭を掻いたエルは、ため息交じりにうんざりとした声で返事をした。

「ほいほい……わぁったよ」





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