黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【5】



「あの……あなた方が魔法ギルドから派遣されてきたという……方、でしょうか?」

 彼の姿を見てセイネリアが立ち上がる。続いてカリンも立ち上がり、エルもそれを見て急いで立ち上がった。

「ボネリオ・クライ・デルエン様でしょうか。魔法ギルドから派遣されてきた、セイネリアと申します」
「私はカリンと申します」
「え、えぇっと、エルラント・リッパーと、申しいっ……ます」

 続くセイネリアの挨拶にそれぞれ追従するが、エルは相当に緊張したのかソファの前に出てこようとして膝をぶつけた。

「あぁはい、わざわざごくろうさまです。あ、そんな畏まらなくていいですよ、どうにも慣れなくてこっちが緊張しちゃうし」

 言うと彼は部屋の中へ入ってきて、自分の椅子に腰かける。それで一息ついてから、まだ立っているセイネリア達に向かって座るように言うと、今度は瞳を輝かせて聞いてきた。

「てかさ、貴方達って結構すごい冒険者なんでしょ? 特にそこの黒い人、もう見ただけで滅茶苦茶強そうだよね。俺最初怖くて足竦んじゃったし、やっぱ実績のある冒険者は違うなぁ。化け物退治とかもしてたの?」

 デルエン卿の三男、ボネリオは現在15歳ということで見た目も言動もまだいかにも子供だ。三男という事で最初から家督を継げないと分かって育てられていたせいか反応としては平民の子供と殆ど変わらない。食うに困るということがなかった分、平民よりのんびりしているくらいだろう。

「まぁな、こいつはすげぇぞ、なンせドラゴンだって退治したんだからな」
「ドラゴン、本当に?!」

 相手が無邪気な子供だと分かった所為か、さっきまでは緊張していたエルが調子に乗って話しだす。ボネリオがどんな人物かは聞いてなかったが、年齢を聞いただけで裏を読むまでもないとは思っていたので想定通りではある。

「俺はさ、ずっと冒険者になるのが夢だったんだよね。16歳になったらなっていいって約束だからさ、もうあと一年が待ち遠しくって」

 その言葉で確実に分かる事がある。
 つまりこの子供は未だに家を継げるはずがない三男坊のつもりのままで、父の状態も、兄達が置かれた状況も、へたすると魔女の事も何も分かっていない、という事だ。

 セイネリアは少し頭が痛くなった。魔女が捕まって、領主は勿論、大量の兵士が『治療中』という状況は少なくとも次期領主候補の当人は分かっていると思っていたのだ。

「悪いが少し確認をさせて欲しい。お前は、父親の事をどう聞いてる?」

 エルと冒険話で盛り上がっていた少年は、セイネリアにそう聞かれると目をぱちくりさせて答えた。

「父上? ……うん、父上はまぁ……あの美人さんにべったりで別荘の方行ったきりしか知らないかな。なんかもう皆諦めちゃってるしさ、それならいっそ強制で領主交代させちゃえって話なんでしょ?」

 根本の問題内容が伝わってないのに一部だけ伝わっているから自分で適当に結論を出した、という内容だなとセイネリアは考える。

「今回俺達がここへ寄越された理由はなんと聞いてる?」
「え……と、魔法ギルドの仲介で正式に新領主を決める事になったから、とりあえず決まるまでの審査期間中は候補者の安全を保障するためになーんの後ろ盾もいない俺には護衛を付けてくれる……って聞いてるけど」

 確かにそれは間違っていないが――セイネリアはため息をついた。
 とはいえここでイキナリ事実を教えるかは難しいところでもある。セイネリアは考えて……そしてとりあえず、今のところはまだ言わないで様子を見る事に決めた。

――へたに自覚して狼狽えられてもされても面倒だしな。

 それにこの能天気な子供を試してみるのも面白い。誰も何も言わなくても館の空気や人々の反応で、何かがおかしい事はそのうち分かってくる筈だ。自分が領主に選ばれる可能性がゼロではないとどのあたりで気が付くかそれには少し興味がある。……最後までまったく気づかないという可能性もあるが、この子供の領主としての適性を見てみるのはありだろう。

「一応それで間違っていない、が……それで魔法ギルドが出て来たのにはいろいろ込み入った事情がある」
「ふーん、まぁそりゃ父上が生きてるうちに強制で引きずり下ろすっていうんだからいろいろあるんだろうけどさ……」

 でも自分にそのお鉢が回ってくる事はあり得ない、そう信じて疑っていない子供にとっては、護衛の冒険者達は冒険話を聞けるいい話し相手にしか見えていないようだった。





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