黒 の 主 〜冒険者の章・七〜 【4】 魔法ギルドがあの魔女の後始末で頭を悩ませているのは、当然だが次期領主問題の他にもいろいろあった。 あの死体の山については、身内がいない者や長く行方不明扱いになっている者以外――実数の五分の一くらいまで減るそうだが、そいつらは魔女に逆らって殺された犠牲者として公表し、魔法ギルドが見舞金を遺族に払う事になった。 そうなるとあとは生きている人間達の方だが、まず関係者をどこまで記憶操作するかが問題となる。 魔法ギルドでは通常、魔女の悪行の痕跡は関係者の記憶操作でないものにしてしまうという手を使っているが、とにかく今回はそれが出来ない程に影響範囲が広すぎた。 とはいえ『魔女のせいである』という事は隠ぺいしないから、まったく操られていない、領主が魔女のいいなりになっていた……という状況を知っているだけの連中は記憶操作の必要はない。 暗示が掛かった連中はその暗示の影響を消すためにも全員記憶操作は避けられないが、それでも今回は『全部魔女に操られていたせいでその間の記憶がない』と理由付けがあるから多少人数が多くても不審に思われる事はない筈だった。 ただ、魔女のお気に入り――特に兵士の場合は自分の意志で従っていたものが殆どで、彼らはあえて記憶を消さない事で話をつけた。ただし、扱いは他の者達と同じ、つまり彼らも操られてた者として扱う。 これには当然理由があって、彼らは記憶があるからこそ利用出来る。 「えーと、一応まだ魔法ギルド側からの派遣って事になってンのか?」 一般的な貴族らしい屋敷の中、いかにも客人との待ち合わせに使われる部屋――ただし貴族の偉い客人向けではなく、ただの伝令や、下っ端役人等の身分の劣る客人用の――に通された一行は、目的の人物を待ってソファに座っていた。 エルがそう聞いてきたのは、セイネリアの名を聞いた守備兵がそう言ってきたからで、確かに彼には言っていない事情だから疑問に思うのはおかしくなかった。 「魔法ギルドは責任を感じ、今回デルエン領の立て直しに協力する事になってる。ただ領内の政治問題には手を出さず中立を守る、という事も宣言している」 「……それなのに人を送り込んでいいのかよ」 「俺達は魔法使いじゃない」 それにケっと返したエルに、セイネリアは澄まして答えた。 「魔法ギルドとしてはここで領主問題を巡って血で血を洗うような状況になるのは見過ごせない。だからあくまで中立の立場で、平和的に新領主を決められるように調停役を引き受けた、というスタンスだ」 魔法ギルドも国王も、手を出し過ぎればデルエン領への内政干渉になってしまう。だから表面上は新領主の決定に口を出す訳にはいかない。何かするなら、理屈の通った手段を使うしかない。 「……ならなんで俺達をその領主候補の一人のとこに派遣できるんだ?」 エルのその疑問も当然だ。なにせ今回のセイネリア達の仕事は、ギルドが推したい領主候補、三番目の息子の護衛役なのだから。 「言ったろ、俺達はあくまで護衛だ。後ろ盾がいて守る者がいる一、二番目の息子と違って三番目の息子は誰も守る者がいない。だから公正を期する為、護衛役の冒険者を派遣して彼の身の安全だけは確保してやる、という話だ。魔法使いではなく外部の冒険者であるから魔法ギルドが直接助言をしたりする事もないし手を出す事もない、ちゃんと公正だろ? ……名目上はな」 そう、ようは筋の通ったご名目があればいいのである。貴族同士の謀略劇の基本は、自分の正当性を主張するための大義名分を作って行動する事にある。ただし公に出来ないような悪さをする時は、それを完全に隠蔽出来る腕と駒が必要となるだけだ。 セイネリアの言い方に陰謀劇の匂いを嗅ぎ取ったエルは、嫌そうに顔をしかめてソファに寄りかかった。 「やっぱ、そういうドロドロのお話になる訳かよ」 「そこは仕方ない、その為に来たんだしな」 頭を背もたれの上にのせて天井を見ているエルを笑っていれば、人の足音が近づいてきてセイネリアは笑みを収める。エルも慌てて椅子に座り直した。 程なくして部屋のドアが開かれれば、そこにはいかにも貴族の下の息子らしい、のんびりとした顔つきの少年が立っていた。 --------------------------------------------- |