黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【3】



「おーおー、往来でいちゃつくんじゃねぇ。ってかそろそろ仕事の詳細を教えてもらいたいんだがな」

 そう、後ろから上がった声の主はエルだ。彼も一応は冬用のマントをつけてはいるが中はいつもの胸がむき出しの神官服た。基本アッテラの神官は胸やら腕を晒して鍛えているのをアピールするような恰好をしているが、冬でその恰好は目立つから止めろと言われて今回は彼もマントですっぽり体を覆っているという事情があった。どうやらアッテラ神官の訓練では雪中を半裸で走ったり水に浸かったりするという事で、寒空でも薄着で過ごすのが彼らの流儀らしい。
 さすがに無駄に注目されるから冬場には会いたくないが『雪の中で腕や胸を見せつけてるのは馬鹿かアッテラ神官くらい』と言われるだけはある、とセイネリアも呆れ半分で感心した。

「エル、考えるのをこっちに任せるのはいいが多少はお前も考えろ。前の仕事の後片付けとは言ってあるんだ、これから行く場所を考えれば大体予想はつくだろ」
「……俺ァお貴族様の謀略とか苦手なんだがよ」
「前に言わなかったら拗ねたろ、お前。それに来るといったのもお前だ」
「いやだってこの時期仕事はねぇから暇だしさ……」

 そんな言い方をするものの、誘った時の彼は嬉しそうだったから嫌々ここにいるという事はあり得ないだろう。
 ちなみに、今回はエーリジャはいない。
 彼は冬場は家に帰って家族と過ごす為、今期の仕事はこの間の魔女退治で終わりにすると断られた。セイネリアと組むようになったおかげで今回は土産を奮発出来たと上機嫌で、春になったらまたよろしくと帰り前に挨拶に来た……から、ケサランに言って彼の村の近くの町まで転送で送らせた。
 いつもなら馬車と徒歩で3日はかかるといっていたから、相当に喜んでいた事を思い出す。ケサランも今回の仕事は多少負い目があるからか、そのくらいの無茶は快く(嫌そうではあったが)引き受けてくれた。勿論、仕事が決まってからここまでのセイネリア達の転送もケサランがしてくれたのは言うまでもない。

「……しっかしなぁ、あんだけの事があったのに街は平和なもンだ」

 そこで今更ながらにエルがそんな事をしみじみ言い出したから、セイネリアは一瞬だけ顔を向けた。

「今はまだ、な」

 エルの顔が軽く引きつる。セイネリアは笑って、今度は彼に背を向けたまま続けた。

「こっちの仕事が終わったら、一気に町は大騒ぎになるかもしれないな。……その騒ぎを出来るだけ軽く終わるようにするのが仕事ではあるんだが」
「そらまた面倒くさそーな話で……」
「あぁ、とんでもなく面倒臭くて責任だけはやたらある仕事だ」
「……お前、ロクでもない仕事ばっか受けてくるよな」
「楽な仕事じゃつまらないだろ」
「……そういう奴だよお前はな……」

 どんどん暗くなっていくエルの声が面白くて、ついセイネリアは殊更楽しそうに返してやる。カリンは横でクスクス笑っているだけだが、さすがにそこで言い合っていれば少し目立ってしまったのか、人々が道を開けてこちらを見ているのに気がついた。

「エル、お前は声がでかい、着くまでは少し黙ってろ」
「はぁ? ンだとぉ」

 そこでまた大声で答えた彼だが、彼も彼で自分が人の視線を集めているのが分かったのかそこから急に静かになって、代わりに小声でぼそぼそ愚痴が聞こえてきた。

「……ったく尊大で自分勝手でクソ度胸がある化け物は、心臓が鋼鉄製で付き合うこっちがいつも貧乏くじを引かされンだよな……俺ァこの間の仕事が終わった後、丸一日寝て起きれなかったんだぜ……」

 あの時の彼の疲れようを見ればそれは当然だったろうなと思いつつ、そこからはへたに何も言わず、彼には好きに愚痴らせておく。
 どうせもうすぐ目的地に着く。
 この街で一番広い中心の大通りの終着点、先ほどまで行きかっていた多くの人通りが途切れた先に、大きな門とその前に立つ見覚えのある騎士の姿が現れた。

「さて、仕事だ」

 セイネリア達一行はこの街の領主、デルエン卿の屋敷の前で足を止めた。





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