黒 の 主 〜冒険者の章・七〜 【2】 魔法使いの顔が真顔になって引きつる。 「……お前、分かってたろ?」 「あそこから後始末は面倒だろうなとは思ったさ。他人事だしな」 ケサランはまた頭を抱える。セイネリアは喉を鳴らした。 「あんたらにとっては信者付きの魔女がらみの仕事ならなんでもよかったんだろうが、思ったよりもあの魔女がやり過ぎててそれをどう処理するかが問題になっている、というところだろ?」 「まぁその通りだ、あのバーさ……魔女めがあれだけオオゴトにしてたというのは想定外だった。それで……だが……」 ケサランが言いかけたところでセイネリアが口を開く。 「俺もな、俺だったらあの状況をどう収めるか考えてみたことはある」 「それで?」 隠しようもなく、ケサランは身を乗り出す勢いでこちらを見てきた。 「『悪いのは全部人を操る魔女だった』というのが広まるのを許容できるのなら、大抵はどうにか出来ると思うぞ」 「む……」 そこで魔法使いは考える。あまり広めたくはない話だろうが、そこは認めて貰えないと話にならない。 「魔女は魔法ギルドが責任をもって始末した、というのも同時に広めればそこまで魔法使いに対するイメージダウンにはならないだろ。あとは犠牲者遺族への見舞金を魔法ギルドで出すくらいはしたほうがいいと思うが」 ケサランはそこで観念したのか、ため息をついて杯を飲み干した。 「分かった、それくらいはいいことにしよう。……で、ならどうする気だ?」 片腕をテーブルにおいて身を乗り出してきた魔法使いに、セイネリアは笑って、その前にもう一杯酒をおごれと言ってやった。 コウナ地方は首都よりも北だが、その領都シシェーレは盆地の為雪が少なく、更に今年は比較的暖冬の為まだ雪が積もってはいなかった。 街を歩けば首都には遠く及ばないがそれなりに人はいて、一見特に問題もなく平和な様子に思えた。……これが魔女の所為で百人を超す死者を出した街だと考えれば不気味にさえ見えるところだが、とりあえず今はまだ領主周りのごたごたが領民にまで伝わっていないだけだろう。 ありきたりな話ではあるが、ここの領主デルエン卿は魔女に鼻の下を伸ばしまくった挙句暗示で操られ続け、現状は廃人にも近い状態らしい。 マトモな重鎮達はさんざん意見を退けられて魔女の言いなりだった領主にもう愛想をつかしており、実務は周囲で回して領主はお飾り据え置きのまま、というカタチで丸く収めるのは無理そうだった。となればセイネリアが予想した通り領主交代は必須で、順当に考えればデルエン卿の長子が新領主となる筈である。 ところがそこからが問題で、その長子と更に次男までもが魔女のご機嫌伺いを競ってやっていたらしく、どちらも父のように廃人になった訳ではないが下から相当の反感を買っていた。 しかもここから『全て魔女の所為だった』で犠牲状況をバラした上で全てを丸く収めるつもりだから、魔女に熱を上げていた二人がどんな目で見られるかは言うまでもない。 という事だから、デルエン卿に幸いもう一人いる男子、三男を領主にして、残っている役人連中を中心にどうにか領内の状況を立て直してもらいたい……というのが魔法ギルドとしての望みなのだが、それならそれで問題があった。 一つ目は、領主になるなどあり得ないと思われていた三男の為、後ろ盾といえる存在が誰もいない事だった。特に下から嫌われてはいないが好かれている訳でもなく、いわゆる空気的な存在で有力者達から無視されていたので、今更領主となっても守る者もいなければ手足となって動いてくれそうな者もいない。 二つ目は、上に二人もいる男子を退けて三男を領主に据えるならそれなりの理由が必要だという事だ。魔女の事で脅して二人に辞退させる事は出来なくはないが、それだけではそれぞれを推す有力者達が黙っていないだろう。ただこれは一つ目の問題――三男に有力な後ろ盾がつけば、状況によってはどうにか出来なくもない。魔法ギルド側もそこは考えていて、一応候補は上げてくれていた。 「まったく面倒事を押し付けてくれる。好き勝手な要望ばかりぬかしてくれたしな」 セイネリアが呟けば、横にいたカリンがくすくす笑った。 「ですが、これをどうにかすればここの領主に貸しが作れる、主はそう思って引き受けたのではないのですか?」 カリンの言う通りではあったから、セイネリアは特に返事を返さずに彼女の頭に軽く手を乗せた。 いつもは軽装の彼女もさすがに今日は冬用の服とマントを着けている。前回シシェーレに来た時にはマントだけは厚手のものを羽織っていたもののまだいつもの軽装だったから、建物や地下は温度が調整されていたものの外に出た時は相当に寒そうに見えた。実際はある程度なら訓練を受けているから大丈夫だし、戦闘では厚着で動きたくないとカリン自身は言っていたが、セイネリアとしては部下に風邪をひかせるつもりはない。それにおそらく、今回はカリンが戦闘に参加するような事にはまずならないだろうというのがあった。 --------------------------------------------- |