黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【1】



 冬が近い首都セニエティの街は、寒くなってきたせいか昼間でも人通りが少なくなってきていた。それでも勿論、大通りは人出で常に賑わっていたし、夜だって繁華街には大勢の人が集う。それでも寒くなってくれば見て分かる程には外を行く人の数が減ったのは分かる。特に気温が下がる夜になればそれは顕著に表れて、酒場街の中はともかく、外をふらつく者は殆どみなくなる。
 魔女退治の仕事を終えて帰ってきた翌日の夕方、ちらちらと雪が降り始めた中、指定の酒場へついたセイネリアは入った途端に手を軽く上げた男に気づいてそちらへ向かった。

「で、どんな話がある?」
「へい、実は……」

 いわゆる情報屋であるこの男は、以前グローディ卿からの『お使い』の仕事途中で出会った元盗賊の男の紹介で今日初めて会う男だった。元盗賊のあの男はセイネリアに言われた通りあちこちの情報屋に声を掛けて回っているらしく、ワラントのところへ来た者も実際いた。

「じゃぁ、俺はこれで……」
「あぁ、何かいいネタがあったらまた連絡を寄越せ」

 今回のこの男がもってきた情報はそれほど面白いものではなかったが、一応小遣い程度の金を払ってやれば男は嬉しそうに去っていく。
 大した事ない情報でも、積もればそれなりに意味が出てくる。だからこうして情報屋がもってきた情報は、余程どうしようもないネタでない限りは文句を言わずに買っていた。さすがに下らない情報にはそれなりにしか出さないが、いい情報ならすこし値を弾んでやっておく。こういうのは情報そのものだけでなく繋がりも大事だから、いらない情報でも多少なら投資だ。あまり気前よく払ってばかりだと騙そうとする者がくるのがお約束だが、セイネリアの噂を聞いて実際会ってそれでも騙そうとする者はまずいない。こういう時のためにも、脅せる噂は流しておくに限る。

 情報屋の男が金を貰って去ったあと、まだ暫く酒場で飲んでいたセイネリアだが、テーブルに映る影に気づいて顔をあげた。

「承認者様がやっとお出ましか」

 立っていた魔法使いを見て、セイネリアは軽く笑う。

「お前の事だからすぐ呼ぶかと思っていたんだが」
「呼ばなくてもくると思っていたからな」

 向かいに座った途端そう返された魔法使いは、途端に口元を不機嫌そうに曲げた。

「……本気でお前はイイ性格をしてるな」
「あんたに言われたくはないな。今回の仕事は相当性格が悪い奴が考えたとしか思えなかったぞ」
「一石二鳥だったろーが」
「あんたにとってはな」
「いやお前だって仕事が貰えて、厄介者がうろちょろしなくなったんだから一石二鳥だろ」
「仕事は喜んでうけた訳じゃないし、報酬は貰ったが仕事の危険度合からすれば得した程じゃないな」

 そこではぁ、と長いため息をついてから、魔法使いは店員を呼びつけて酒を頼む。
 ついでにセイネリアも酒の追加を頼んだ。

「あんたのおごりでいいな」
「あぁ分かってるよ、まったく、別に俺は金持ちじゃないぞ」
「だろうな。別に魔法ギルドの払いでもいいが」

 澄まして答えればケサランはがっくりとうなだれる。それからぶつぶつと文句を言いながらテーブルを指で叩いていた。そのまま暫く待てば酒が運ばれてきて、ケサランはそのジョッキを持つと魔法使いらしくなく豪快にぐっと一口飲んだ。セイネリアもそれをみつつ軽く飲む。
 魔法使いが、ぷは、と息を吐いてテーブルに杯を置いたのをみてからセイネリアは口を開いた。

「で、面倒な連中はあんたの思惑通り大人しくなったのか?」
「あぁ……暫く……こっちで何か大きな問題が起こるか、お前が何かしでかさない限りは大人しくしているんじゃないか」
「それは良かったな」
「まぁな、ただ……」
「ただ?」

 聞き返せば、魔法使いは顔を顰めて頭を押さえる。その体勢のまま暫く黙って考え込み……唸ってからまた顔を上げた。

「正直に言うと、少し困った問題が残った」

 その言葉からすぐ察したセイネリアは、わざと笑って尋ね返した。

「魔女がしでかした後始末か? ……あんたの予想よりあのババァはやらかし過ぎたんだろ?」




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