黒 の 主 〜冒険者の章・七〜 【57】 ――手を汚す覚悟はしなければならないが、汚したくないなら頭を使えというところか。 まったく大した男だ、と感心しすぎて正直呆れる。年下の若造に、甘さを指摘されつつそれでも望みを通したいならその分努力しろと言われた訳だ。それでもムカつくより納得してしまうくらい、この男を自分が認めてしまったのだから大人しく肝に銘じておくだけだ。 だがそれでも年上として、騎士として、最後の意地でこの男の鼻を明かしてやりたいではないか。 「勝負は一本でいいか?」 オズフェネスがそう尋ねれば、全身黒い姿の不気味さだけでなく強い者だけが持つ空気を纏った男が了承を返してくる。まったく、一回り以上年下の男にこれだけのプレッシャーを感じるなんて、どういう化け物だと思わずにはいられない。 タイミングを取る事もなく互いに剣を構えて腰を落とす。そこから一呼吸後に、二人は同時に走りだした。 まず前提として、彼には純粋な腕力では勝てない。あの馬鹿力はまさに化け物で、たとえこちらに強化が入っていたとしても互角にもっていけるかは怪しい。更にいえば、こちらは初対面の相手にだけ使える奥の手も見せてしまっている。となれば正面から戦うしかない。 走り込んだ勢いのまま、まずは一度剣を合わせる。けれどそこから押し合いなんて冗談じゃない。力比べになれば勝てないのが分かっているなら、技術で勝つしかない。 オズフェネスは刀身同士をぶつけて弾き、外へとばされた反動から剣先をコントロールして即彼の胴を叩きに行く。最小限の動きで剣先をもどしたそれは、だが彼が体を逸らしたことで避けられた。そこからすぐに剣を叩いて払われ、足がこちらの腹を蹴ってきて押し飛ばされた。 「……うぉっ」 鎧の上からでも多少の衝撃はきたが、彼も今のはそこまで力を入れられた訳ではない。体勢を整えるためにこちらを遠ざけようとしただけだ。だからすぐに体勢を立て直して、オズフェネスは彼の左脇を狙って剣を伸ばす。位置的に剣で受けるのが難しい場所もあって彼は一歩下がって避けた。だが同じ場所に二撃目を入れれば、彼は前に逃げてわざとマントを広げて体を隠した。 ――まったく、面倒な。 これだけ力に自信がある人間なら、大抵は力頼りで小細工をしたがらないものだが……この男の場合はそういう事もないところが小憎らしい。 体の前面が隠されるとどこから向うの剣が出てくるか迷うのは仕方ない。オズフェネスが一歩引くとマントの下から剣がこちらにまっすぐ伸びてくる。狙いはお返しのようにこちらの左脇、全身甲冑(プレートアーマー)でも弱点になる場所である。オズフェネスもどうにか避けるが上腕の装備に当たる。剣は装備に流されて逸れてはくれたが、衝撃で構えが崩れた。一度引きたいが、向うはそうさせてくれない。 すぐに襲って来た彼の剣を受けて弾く。 決して受け止めてはいけない、ぶつかった反動のまま弾かないと押される。それでも向うの方が勢いがある分、こちらは一歩後ろに引くしかない。続いてもう一撃、これも弾いて一歩後ろに下がればすぐに三撃目が襲ってくる。それも弾いて一歩下がり、だが四撃目の剣は弾くと同士に今度は下がらず外に弾かれた剣先の代わりにその反対側、つまり柄頭(ポンメル)で叩きにいく。相手もそれを柄で受けようとしたから、十字鰐同士を引っかけて上へと押し上げた。 ――悪いが装備の差を利用させて貰うぞ。 互いに腕を上げた状態だが、体勢的にこちらの方が力が入る。いくら腕力があってもこの体勢では彼も剣を振り下ろせない。そこでオズフェネスは強化術を自分に掛けた。どこかで使ってくるだろうとは向うも思っていたろうが、ここで使ってくるのは予想していなかったろう。彼が腕に力を入れてくるが、術が掛かっている今ならまだ押さえておける。オズフェネスはそのまま空いている彼の腹を膝で蹴った。 彼の腹の装備は鎖帷子だけだ、中に布を巻くくらいはしているだろうが強化あり、しかも金属製の膝当て付きで蹴られればダメージは大きい。 だがそれでも、彼は声を上げなかった。相当の痛みがあったろうと思うのに腰を折って体勢を崩しもしない。普通なら腹を押さえて蹲(うずくま)るところだろうに。 ――腹が立つ程の化け物だな。 思ったのもつかの間、彼の足がこちらの腹を蹴って押し飛ばしてくる。向うの様子を見ようとして反応が遅れたのもあり、まともにくらって文字通りオズフェネスは吹っ飛ばされた。 ただ向うもそれですぐに追撃を掛けては来れない。 どうにか倒れるのだけは阻止して足を踏ん張ったオズフェネスは急いで構えを取る。見れば彼もそこでやっと構えをとろうとしていたからやはりダメージはあったのだと思われた。 --------------------------------------------- |