黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【55】



 この国の英雄である騎士の家――としてはなかなかに立派な、けれど武人らしく華美な飾り気などない門の前にセイネリアは立っていた。
 二回目に呼ばれたオズフェネスの屋敷は前よりも賑やかで、表門の辺りでは人の出入りが多く、使用人や護衛兵も大分増えたようでやけにバタバタしていた。彼の新しい立場を考えればそれも当然だろう。

「忙しいのに、俺をを呼ぶ暇などよくあったな」
「フン、騎士としてはあのままでは終われんだろ」

 まずは客室に通されはしたものの、言うだけあって今日の彼の恰好は完全な甲冑姿だ。勿論セイネリアもすぐにでも戦闘出来る恰好で来ていたが、それだけのために来たのではなかった。

「だがその前に話がある」

 セイネリアがそう切り出せば、上機嫌だった騎士の顔は僅かに曇る。

「先にか? 終わってからまた酒でも付き合って貰うつもりだったんだが、その時ではだめか?」
「先にさっぱりして気分の悪い話をするのと、先に気分の悪い話をしてさっぱり終わるのとどっちがいい?」

 聞けば、オズフェネスは顔を顰めてため息をついた。

「気分の悪い話か……」
「ああ、だが聞いておいた方がいい話だと思うぞ」
「まぁ分かってるさ。……いいだろう、先に話を聞こう。ただ酒は出ないぞ」
「あぁ、シラフで聞いてもらいたいしそれでいい」

 彼としては、領主争いも思っていたよりはこじれずに終わったところでかなり気分的には晴れ晴れとしたところだったのだろう。だから機嫌良くこちらを迎えてくれた訳だが……彼の立場としてまだここで浮かれて貰っては困る。

「……で、今度は何の話だ。言っておくが俺は貴様に礼を言うつもりだったんだぞ、出来ればそれを撤回するようなマネはしたくないんだがな」

 そう言いながら座ったオズフェネスは、嫌な予感がするのか顔を顰めてこちらを見た。

「いや、撤回する事になると思うぞ」

 セイネリアも座って、あっさりとそう答える。

「……気分の悪い話だそうだな」
「あぁ。あんたがボネリオを選んだのなら言っておきたい事がある」
「なんだ」

 オズフェネスが身を乗り出す。さてこの勇者様がどこまで覚悟が出来ているかというところだろう、とセイネリアは考えた。

「ボネリオが貴族のボンボンなのにあれだけ『良い子』に育ってるのは無知だからだ」
「……確かに、そうだな」

 肯定を返してはきたものの、彼の顔は厳しい。

「貴族社会のしがらみも知らない、領主の仕事も知らない、勿論兄たちと違って帝王学なんてのも学んでいない。ただのガキとして育てられているからあれだけ善良なんだ」
「あぁ、そうではあるんだろう」
「だから領主としてボネリオがどうなるかは傍につくあんた達に掛かってる。もしあんたが……ボネリオがあの善良な性格のまま領民に愛される良い領主というのになってほしいというなら、あんたの役目は清廉潔白な騎士様とは真逆の仕事となるだろうよ」

 オズフェネスの顔が更に険しくなる。目を細めてぐっと唇を噛みしめて……この様子なら一応覚悟はあると見ていいだろう。

「あんたが皆の勇者様らしくありたいのなら、いっそホルネッドを支持した方が良かった。なにせそれなら領主自身が汚れ役を引き受けてくれるんだからな」
「……出来ない事を言ってくれるな」
「まぁな、所詮は仮定の話だ、意味はない」

 そこまで言えば、彼は大きくため息をついて手を組んだ。今度は睨むような目で見てきた男にセイネリアは笑う。

「人間の社会では、上にいけばいく程、従う者が増える程、きれいごとだけでは済まなくなる。当たり前だ、人がいればいるだけ違う思惑がある、それら全部が納得できる答えなどない。全体が良しとなるためには切り捨てられる者が必ず現れ、時には騙す事も必要になる。あんたもその立場にまでなっていれば分かっている筈だ」
「あぁ……そうだ」

 彼の声は重い。セイネリアは足を組んで椅子に背を預けた。

「だから本来なら、ボネリオのような者は上に立つべきではない。だがここくらい下に出来る人間が揃ってる状況ならありといえばありだ」
「……ボネリオ様がお飾り領主となればいい、と?」



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