黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【52】



――さすがにカネがあるな。

 セイネリアも話として聞いた事はあるが初めて見る、水面を通して離れた場所の人間と話す事が出来るという魔石だ。魔法アイテムとしてはかなり高価な部類だから露店で気安く買えるものではなく、作れる魔法使いか魔法ギルドから直接買う必要があるらしい。

「さて、君が交渉というのなら、私に損はさせないと思っているのだが」

 相変わらず冷たいままの瞳で表情だけは柔和な男は、穏やかな声でそう聞いてくる。

「あぁ勿論、恩があるあんたに損などさせないさ」

 セイネリアも笑って返せば、向うもわざとらしく満足そうに笑ってみせた。

「それなら結構、話を聞こうじゃないか」

 その笑みを見る度に、タヌキ親父め、と毒づきたくなるが、セイネリアは笑みのまま表情を変えずに話を始める。

「まず現状だが、あんたと契約していたホルネッドが領主になる可能性はなくなった」
「……そのようだね、しかもその原因の一つがこちらと契約していることが知られてしまったせいとか」
「あぁ、親父を心配する息子のふりをして、実際は親父の事などどうでも良かったというのがバレたせいだ」

 そこまで言えば、水面のタヌキ親父から口元の笑みが消える。

「……成程、だが君はそれでも私に損をさせないという訳だね」

 セイネリアもそれに合わせて口元の笑みを消す。

「こちらは次期領主と、その後ろ盾になる人物に繋がりがある」
「だろうね、そもそも君はそちら側の人間として働いてこの事態を仕組んでくれたそうだから。……つまり、新領主とこちらが繋がれるように取り持ってくれるという事かね?」

 言い方からして、それくらいはするものだろうと思っていたからボーセリング卿は今回慎重に様子見をしていたと考えられる。勿論ホルネッドがボネリオの暗殺を言い出さないようにあの会議までずっと彼の思い通りになっているよう見せかけていたのも大きいのだろうが。

「あぁそうだ、少なくとも現状、新領主には優秀な護衛が欲しい筈だ。言っておくとホルネッドとあんたの契約はバレているが、『犬』が誰だったかはバレていない。腕のいい兵の一人を護衛役に取り立てるのは何の不思議もない話だ」

 エリーダが『犬』だという事は誰にもバレていない。ボネリオは今回の件でエリーダと仲が良くなっている、護衛に取り立てられたとしても誰も不審に思う事はない。オズフェネスにとっては相当に都合のいい存在の筈だった。

「ふむ……一応それなら、こちらがずっとあの子をそこに置いていたのが無駄にはならない訳だね」
「そういう事だな。後は恐らく、護衛以外の仕事も一つ受ける事になるだろうし……もとの仕事もどうせ前金は貰ってるんだろ? それと合わせれば損はないと思うがな」

 タヌキ親父の眉が寄せられる。

「護衛以外の仕事、とは?」

 セイネリアは彼に笑ってやる。

「新領主にとって生きていられると邪魔で、あんたにとっても消した方が都合のいい人間がいるだろ。なにせそいつは暗殺の契約を公にバラすなんて契約違反をしでかしてくれた訳だしな、殺されても仕方ない」
「……あぁ、確かに」

 ボーセリング卿は、そこで合点がいったという顔で笑う。にたりと、柔和な顔に冷酷そうな笑みを浮かべるそれを見て、セイネリアは口元を不快げに曲げた。
 本人が認めた段階で、バラされた契約書が本物か偽物かなんて事はどうでもいい話になる。『契約内容を他人に漏らした』という契約違反があったという事実だけが全てで、ボーセリング卿がその人物に制裁を加えてもその筋の常識としては正当の権利とみなされる。
 だから言わなくてもその人物は消すつもりだった筈で、それを仕事として金も得られるとなればかなりの得だ。今回の仕事に関しても依頼人側が悪いのであってボーセリング卿側に落ち度はないから、ボーセリング卿としては得しかない。それでまだ不満だとは流石のタヌキ親父も言わないだろう。

「いいだろう、それで手を打とう。なら後は君に任せる、言った通りになるように祈っているよ。……しかし、君はやはり優秀な協力者だ、あの時君を選んだのは正解だったと思うよ」
「それは良かった」

 最後の言葉は内心ムカついて、思わず棒読みのようになってしまったが。
 それで話は終わりと判断したのか、水面からタヌキ親父の顔は消えた。



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