黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【51】



 その夜は会議に集まった者達のために館では晩餐会が開かれる事になった。
 勿論ボネリオは既に領主の待遇で、オズフェネスは後見人的な役目としてボネリオの傍にずっとついていた。これから領主争いで荒れるだろう事を覚悟していた人々はそれが回避されたのだからその顔はどれも明るく、ボネリオやオズフェネスに顔を覚えて貰おうと精力的に動いている者が多かった。おかげで晩餐会が始まるまでの時間、ボネリオはずっと出席者との挨拶に付き合って休む暇もなかった。

 当たり前のこととしてその裏には兄二人の支持者だった者達の暗い顔があったが、彼らも彼らで互いの敵対勢力が勝った訳ではない分失脚や左遷までの目にあう心配がないからか、頭を切り替えてボネリオに取り入ろうと必死になっている者も多く見られた。晩餐会の出席を辞退したのはホルネッド本人とその直接の取り巻きだった者達、またハーランの後ろ盾であった者達だけだ。
 大半の出席者達は不安が拭えた明るい顔で楽しそうに晩餐会の会場へと入って行った。

 セイネリア達はただの護衛であるから、基本的に晩餐会の間は待機室で待つだけである。ただし、オズフェネスの口添えでカリンだけはボネリオに付き添っていい事になり、セイネリアとエルは他の護衛達同様に待機室で待っていた。……とはいえセイネリアに関して言えば、それも真夜中の鐘が鳴るまでではあったが。

「どこ行くんだ……ってのは聞かねぇほうがいいんだろな」

 セイネリアが壁から背を離した途端、ずっと黙っていたエルがそう声を掛けてきた。

「そうだな。お前の想像通りだ」
「そっか。後で聞かせろよ」
「基本はタヌキ親父との腹の探り合いだぞ?」
「……わーった、結果だけ教えてくれりゃいい」

 嫌そうに『彼らしく』大げさに顔を顰めた彼を見て、セイネリアは軽く笑って片手を上げると部屋を出た。
 ボネリオが次期領主にほぼ決まったというのもあって、オズフェネスが以後は護衛として3人共に付いて構わないという事にしてはくれたが、どちらにしろそれは臨時の処置である。ボネリオには次期領主としての正式な護衛兵を付ける事になるだろうし、こちらも仕事は終わったようなものだからそろそろ引き上げ時だ。
 ただしここまで関わった以上、後の憂いなんてものは残して起きたくないから面倒なものだけ整理していってやるくらいのつもりだった。

 長い廊下をセイネリアは歩いていく。目的地は自分達に割り当てられた部屋……そこに彼女が来ている筈だった。

「お一人ですか?」

 部屋に入った途端、最小限に明るさを絞られたランプ台の傍にいた彼女を見て、セイネリアはわざと笑って軽口で返してやる。

「エルも一緒の方が良かったか?」

 エリーダはそれに無言で首を振った。セイネリアは肩を竦めてみせた。

「だろうな。安心しろ、あいつはまだ当分ここへ帰って来ない。終わったらおそらくボネリオの愚痴に付き合う事になるだろうからな」

 彼女はそれにくすりと笑みを浮かべる。それは『ボーセリングの犬』らしくない、楽しそうな笑みだった。

「本当に、優しいのですね」
「まぁな。ガキは放って置けないうえに、お節介で面倒見がいい」
「そう……ですね」
「俺と組んでるのが疑問になるくらいの善人だ」

 それには更に声を漏らして彼女は笑う。

「確かに……そうですね」

 くすくすと暫く楽しそうに……嬉しそうに笑う彼女を暫く見てから、セイネリアは唐突に彼女に聞いてみた。

「あいつと共にいたいか?」

 今度は彼女は笑みを収め、ゆっくりと顔を横に振った。

「あいつは好みじゃないか?」

 それには一度目を見開いて、彼女は吹き出すように笑った。ただし唇だけを見れば笑っているが、その目は楽しそうには見えなかった。

「そうですね……あの方がもっとずるがしこくて、嘘つきで、優しくなかったら……ですね」

 それだけで彼女の言いたい事は分かったから、セイネリアは話を変えた。

「ボーセリングの親父と話をしたい。向うの返事はあったか?」

 彼女もそこで『犬』らしく顔から表情を消す。感情のない顔で、抑揚のない声で、ただ冷静に答えた。

「はい、我が主も貴方と話す事を希望しております」
「連絡手段は? まさか首都に帰ってから、という話じゃないだろ」
「はい、こちらに」

 言うと彼女は少し移動してテーブルと椅子が置いてある方へいく。セイネリアもそちらへいけば、テーブルの上にはフルーツを置く脚付きのボウルが置いてあり、更にいえばボウルには水が張ってあった。彼女はセイネリアに椅子に座るように促してから、そのボウルの中に小さな布袋に入っていた石を落した。水面に波紋が広がる。程なくしてそれが収まると、その水面には久しぶりにみたボーセリング卿の顔が映った。



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