黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【41】



 ハーランは焦っている、だからこの行動も主の予想した通りだ――カリンはハーランの部屋が見える廊下の隅からオズフェネスがその中に入って行くのを見ていた。
 カリンにとっては中の話がどうなろうとどうでもいい事だった……なにせセイネリアからそう言われている。けれど――見ている間にその部屋の前に人影が近づいてきたと思えば影はその場で立ち止まり、自然な様子でしゃがみこんだ。足の装備を直しているように見えるがおそらくそれはただの演技で、影の目的が中の話を聞きに来た事は間違いない。
 その人物は暫く装備を直すフリをして、やがて立ち上がると他の装備の点検をしてからそのまま部屋の前を通り過ぎていく。呑気な者なら不審に思う事はない動きだ。
 それから間もなくしてオズフェネスが出て来たことで、カリンは僅かに安堵した。

 オズフェネスがハーランに呼ばれたら、その話の内容は分かりきってるから聞かなくてもいいが、彼が無事そこから出て帰れるかを確認しろ。最悪彼が命を狙われるような事態になれば、出来るだけは助けてやれ――と、そこまでがセイネリアの指示だった。

 部屋から出たオズフェネスの顔は酷く顰められていて、彼が怒っている事は間違いなかった。彼を追う者はなく、そのままカリンは彼が屋敷を無事出るまでは見届けたが……その間にも一度だけ先ほどの人影を見つけてはいた。とはいえその影が彼を追ってここから出て行く事もなかったため、今回は報告だけでいいだろうとカリンは判断した。





 ハーランが焦ってオズフェネスを呼んだのには、噂以外に切羽詰まった事情があった。
 今後を話し合う正式な会議が行われる事が決まって、各部署の責任者は勿論、三人の息子達にも出席依頼が来ていたのだ。

 となれば当然、次期領主についての話も出る筈で、ハーランはそこで長子として権利を主張し、一気に自分を次期領主として認めさせたかったのだと思われた。日々彼にとっては不利な噂ばかりが多くなる中で、早い内に話を決めてしまいたかったというのが彼の本音で間違いない。

「まったく、面倒なモノをつくらせおって」

 魔法使いケサランがそういって紙を丸めて筒状にしているものを渡せば、セイネリアは受け取ったそれを開いて確認する。

「流石魔法使いだな」
「ぬかせ、ただそんなモノで本当にどうにかなるのか?」
「まぁな。使わない可能性もあるが、使った方がおそらくさっさとケリがつく」
「おい、使わないかもしれないのか」
「そこは状況を見て、だな」

 それにため息をついて、ケサランは顔を顰めると手を振った。そこで彼の隣にいたもう一人の魔法使いが呪文を唱えれば、程なくして彼の姿は部屋から消える。まったく、魔法使いというのは便利なものだ。彼の方も今日の会議に出るから、ここでセイネリアと会っている姿を誰かに見られる訳にはいかない。

「さて、ボネリオを迎えにいくか」

 廃人になった領主の経緯説明と、今後の対応についての話――今日はその会議が開かれる日だった。






 カリンがボネリオの襟を直すと、少年は少し照れくさそうに笑った。
 流石に今日は正式な会議に出るのだから普段着という訳にはいかず、彼も装飾が少な目ではあるが貴族らしい正装をしていた。

「うーん、やっぱり慣れないなぁ。俺パーティーとかも出ないし、こういう恰好をしたのは母上と出かけていた時ぶりだから……4年ぶりかな」

 だからボネリオは会議が決まってすぐに服を新調する必要があった。執事長のデナンが機転を利かせて手配してくれたから良かったものの、正直カリンは彼がその手の服を現年齢になってから作っていないとは思わなくて驚いた。このランクの貴族の息子なら、いくら跡継ぎではないといっても普通は誕生日のパーティーくらいは開いてもらえるものだし、その時に作ったものがあると思っていたのだ。

「とても似合ってらっしゃいますよ、ご立派です」

 言うと彼は鏡を見て、自分の体を横からみたりして眺め出す。

「このところがんばってるし……俺もちょっとは逞しくなったかな?」
「そうですね、少し体に厚みが出たのではないでしょうか」
「ほんと?」

 嬉しそうに聞いて来るその様は最初の頃と同じで子供っぽくはある。カリンは少年に笑いかけた。

「……ですが何より顔つきと姿勢がお変わりになりました。どちらも前に比べてとても堂々としてらっしゃいます」

 ボネリオは少しだけ目を見開く。けれどその後、彼はいつも通りの無邪気な子供らしい笑みではなく少し控えめに微笑んだ。

「ありがとう、カリン」



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