黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【40】



 オズフェネスが今抱いている感情は一言で言えば落胆、だった。

「いいか、分かっているとは思うが、お前が俺を支持すると言えばそれだけで済む話だ。そうすれば次期領主を巡って争いが起こる事はない」

 長男であるハーランから呼び出されて最初に言われた言葉はそれで、半分くらいは分かっていたが落胆しかなかったのは確かだ。

「勿論、お前がこちらに付くとなればそれに見合った待遇を約束する。領主になったら、守備兵団長の地位だけではなくオーレンの屋敷をやろう。そばのフォックン・ルダの山付きでな。あそこではケルンの実が取れる、いい金になるぞ」

 オズフェネスはため息をついた。確かにあの山はいい財源だが、だからこそ気楽に部下にやってはいけないのだ。気前が良すぎるのか引き込む為に必死なのかは分からないとして、そんな口約束をしようとするだけで領主に推せる人物ではない。

「ハーラン様、貴方は何故領主になりたいのです?」

 身を乗り出してこちらの返事を待っていた彼は、それに思い切り眉を寄せた。

「そんなもの、俺がなるべきだからだろ。俺は生まれた時から領主になる事が決まっていた、その為の教育を受けて来た。俺が一番ふさわしいのだから俺がなるのが当然だろう」

 話にならない――正直に心ではそう呟いて、オズフェネスはさてどうしたものかと考えた。いくらオズフェネスであっても、この場でただ拒否の言葉を吐いてそれで済むとは思っていない。かといって口だけでも彼の言う事にイエスと返すのは流石に出来ないし、そもそもしたくない。

「ではハーラン様、もう一つおききします。ハーラン様はこの地を、領民を、部下を愛してらっしゃいますか?」
「何を言っているのだ、俺が皆を愛すのではなく、皆が領主としての俺を愛さねばならないのだろう」

 その返事は決定的で、これでオズフェネスとしては彼を推すという選択肢はなくなった。

「申し訳ありませんがハーラン様、私は貴方にも、ホルネッド様にもつきません」
「この状況で中立が許されると思っているのか」
「さぁ、ですが私はどちらにも付く気がないのです」

 ハーランにつかないとしても、ホルネッドに付くという選択肢もオズフェネスにはなかった。彼がこのところ噂話を操作してハーランを焦らせようとしているのは分かっている。武人であるオズフェネスはそういうやり方の人間にはどうしても嫌悪感が湧いてしまう。

「……まさかお前、ボネリオに付くつもりではないだろうな」

 ずっと目を伏せていたオズフェネスは、それで僅かに目を開いた。

「言っておくが、あいつは何も取り柄がないただのガキだぞ。いくらお前がついたところであいつが領主になどなれない。あんな子供に誰がつくものか」

 何故だろう……その必死な言葉に笑みが湧く。

「ボネリオ様には単に剣を教えて差し上げているだけです。そういうつもりではありません」

 それは少なくとも現在は嘘ではない。ボネリオが子供過ぎる事は確かで、彼を推してまでハーランやホルネッドを領主にしたくないという訳でもない。……ただそのどちらにもオズフェネス個人としては部下として付きたくはないとは思うが。

「ふん、今更やる気になったところでたかが知れてる。剣の指南などあの冒険者に任せておけばいい。お前がやるといらぬ噂を立てるものがいるのだ、やめておけ」

 つまり彼が焦っているのは、ハーランに付くと思われた自分がボネリオに付くのではないかと言われている事もあるのだろう。

「ハーラン様、私はファダン様に聞いた事があります。貴方も初めて剣を習った頃は、ボネリオ様のように一生懸命楽しそうに鍛錬をしていたと」

 せめて彼が少しでもよい領主になる可能性を見せてくれたのなら――そう思って言ってみた言葉は、やはり期待した言葉で返される事はなかった。武力自慢の長子は、それを聞くと胸を張って得意げに言って来た。

「そうだ、それに俺はあいつと違って才能があったからな、俺の腕はお前も知る通りだろう」

――えぇ、知っています。あのままずっと鍛錬を続けていればとファダン様がお嘆きになっていたことも。

 もはや彼に期待するモノはないと思ったオズフェネスは、席を立って彼に深く礼をした。

「お話がそれだけでしたら、私は失礼させていただきます」
「待て、返事を聞いていないぞ」
「返事は先ほど申し上げた通りです。ハーラン様にはつきませんが、ホルネッド様にもつきません」

 ハーランの顔は怒りに歪んだが、顔を上げて、じっと顔を見据えてきたオズフェネスに対して怒声を浴びせる事は出来なかった。



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