黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【42】



 前回の会議は本気で中枢の者だけしか出席しない内だけの会議だったが、今回は地方砦の代表者やら、役人も全部門の代表者とシシェーレの神殿代表者まで出ている正式な会議で、人数は各段に多くなっていた。

――大体は派閥で集まっている、というところか。

 会議室が始まる前、参加者達はその手前にある待機室に集められる。ここもかなり広く本会議室と大して変わらないつくりだが、決定的に違う点は玉座……つまり領主の席がない事だった。どちらにしろ今回そこへ座る者はいない訳だが、その所為で部屋自体の格が低いとされていた。

 ハーラン派とホルネッド派、水面下では既にいろいろ工作をしている両陣営だが、表立って自分がどちらにつくか、その態度をはっきり見せるのは今日が初めてではある。ただ現在、軍部の最大派閥がそのどちらの陣営でもない中立派というのはハーランとしては相当の誤算だろう。
 それは勿論、オズフェネスが中立を宣言しているのが大きい。
 普通ならここにきて中立だと声高に言える状況ではないのだが、名声の高い彼がハッキリとそう宣言した事でどちらにもつきたくなかった連中がこぞってそれに続いてしまった。

――ホルネッドはほくそ笑んでる状況だろうな。

 クリュースの中でもこの地方は北の端に位置する為、国境警備を担う役目があって昔から軍部の力が強い。ただし軍部にはトップはおらず、それぞれの管轄内でのトップを置くだけになっている。彼ら全員が膝を折るのは領主にだけというカタチだ。
 そんな状況だからこそ、文官よりのホルネッドを役人達はこぞって支持している。態度の大きい軍部の連中に嫌気がさしていたろう役人達からしてみたら、ホルネッドが軍部を押さえつけてくれるのを期待している訳だ。
 それに対して長子のハーランには軍部の支持がある……という事にはなっているのだが、ハーランの評判が悪すぎて支持を渋っていた連中がオズフェネスのおかげで安心して中立へと行ってしまった。この状況はホルネッドにとってはさぞ都合がいいに違いない。

 彼には軍部の支持がほぼゼロであるから、出来るだけ中立側へ流れてくれればそれだけ敵の勢力が削がれる事になる。軍部の中立派はホルネッドを支持してはいないが、決まってしまえば文句を言う事もない筈だった。なにせハーランと違って、ホルネッドは領主になるのを反対される程の理由はない。

 そうして待機室の中、ハーラン派とホルネッド派、そして中立派に別れて話をしているところで、当然そのどれにも入れないボネリオはセイネリアとカリンと共に部屋の隅にいた。『場違いだよね』と居づらそうに苦笑いしているボネリオだが、彼を見た者達は殆ど礼をとってくれていたし、訓練で仲良くなった警備兵が一声かけてくれる事もあった。決して無視されている訳ではない。

「これはボネリオ様、お久しぶりです」
「あぁクロートン久しぶりだ。今日は遠いところから来てくれてありがとう」

 にこりと笑って返したボネリオに、声を掛けて来た騎士らしき男は僅かに驚いてから笑う。彼はその後2、3言ボネリオと言葉を交わすとすぐにオズフェネス達の方へ行ってしまったが、その表情はどうみても好意的だった。

 ボネリオが最近訓練や勉強を熱心にやっているという噂はここに呼ばれるような者へは相当広まっているらしく、それで興味をもってボネリオに挨拶にくる者は多い。
 中立派だけではなく、それがハーラン派にも、ホルネッド派にもいるところからして、少なくとも彼に興味を持っている者はそれだけいるという事になる。挨拶後の表情からすれば、それは割合好意的な方向が多いのも重要だ。

「……なんか挨拶ばかりしてたら、緊張で会議前から疲れちゃったかな」
「がんばってください、少しお座りになりますか?」
「いやいいよ、体力的には問題ないから。これくらいで音をあげてたら冒険者にはなれないよね」

 それで改めて姿勢を正してからこちらをちらと見たボネリオにセイネリアは軽く笑う。どうやらやっと自分に多少の自信がついたらしく、最近のボネリオはいつでも背筋が伸びているし顔が前を向いている。姿勢というのは人に与える印象を大きく左右する、些細な事だが効果は高い。

 そうしている間に警備兵達があわただしく動き出したかと思えば、人々の雑談の声が小さくなっていき、自然と会議場への大扉前を開けるように移動し始めた。
 兵士達が扉の前に整列する。人々も自然と列を作りだし、兄二人が供を連れて並ぶのを見て、ボネリオも急いでそちらに向かった。

――兄弟3人並んで入場か。

 近くに並びはしたものの兄二人の間に流れる空気は険悪で、二人とも互いの顔を見ようとはしていない。当然ボネリオにも二人して見下すような視線を向けてきたあとに無視だが、当のボネリオはそれを気にした風はなく、背筋を伸ばして顔を上げていた。

 それから間もなく、会議場の扉が開かれた。



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