黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【38】



「それはハーランの悪い噂が相当広まっている感じか?」
「はい、ハーランが魔女に向かって『あんな爺さんより俺のほうがあんたを満足させられる』と大声で話していたとか、魔女が護衛が欲しいと言い出したから自分の部下を勝手に何人も差し出した、とか。後は魔女の為に屋敷の馬を何頭か売り払ったとか、街に出た時の暴言や暴力についてなどの細かい話ですね」

 殆どは恐らく真実だろうが、自分の部下を勝手に差し出した、は結果から見てそう取れるという話で、実際は噂話を流している側の人間の仕業というのが笑える話だ。後からそう噂話を流すつもりでハーランの部下をを送り込んでいたというならなかなか頭が回ると感心する。

「そうして使用人達は最後にハーランが領主になるのを不安がる訳だな」
「その通りです」

 首謀者からしてみれば、今のところは思う通りに進んでいる、というところか。

「で、その逆でホルネッドに関してはいい噂が回っているのか」
「そうですね、領主に代わってどんな仕事をしていたとか……そういう話が出回っています。あと面白いところでは、ホルネッドは魔女の正体に気づいて交渉しようとしていた、というものが」

 セイネリアは思わず失笑する。

「交渉というのは間違っていないだろうが、交渉して魔女に去るよう言っていた、とでも?」
「そうですね、暗にそういう風に話を持って行くような噂話が一部で流れているようです」
「つまり、自分が魔女に付きまとっていたのは兄のように魔女に鼻の下を伸ばしていたのではなく、魔女を探って交渉しようとしていた、という事にしようという訳か」

 状況を利用してどこまでも自分に都合よく捻じ曲げた話を広げる……その姿勢は嫌いじゃない。

「あと、ボネリオの方ですが……好意的な話をよく聞くようになりました」
「あぁ、だろうな」

 それも予想通りで予定通りだ。マトモな大人なら、純粋に楽しんで頑張っている子供を見るのはそれだけで微笑ましい出来事だ。特に今のここの空気を考えれば清涼剤のような明るい話題として話される事だろう。

「はい、懸命に鍛錬をしている姿は皆見ていますし、それにデルエン卿に毎日話しかけている事については涙ながらに語る者も少なくありません」

 それにも、だろうな、とこれは心の中だけで呟いて。これが計算してやっている事なら嘘くさい三文芝居にしか見えないだろうが、あの子供過ぎるボネリオの素直な行動だからこそ、それに同情の声が上がったり美談として成立する。

「それらの話は勿論、ボネリオがやっている事は全部『冒険者になるため』というのは皆承知の上でだな?」
「はい、それをどこか寂しそうに話す者も多いです」

 つまり、素直で(彼らにとって)可愛いボネリオが屋敷から出て行ってしまうのを惜しむ者がそれなりにいるという事になる。口には出さないがボネリオを領主として望む者も含まれているかもしれない。

「最近守備隊の訓練に出ているのもあって、屋敷周りの兵からもいい噂しかないしな」
「はい、使用人達からも勿論ですが、特に警備中の兵からボネリオに声が掛けられる事が増えました」

 そこはセイネリアもたまに見ている。使用人や兵士達が気さくに声を掛けてくるようになって、ボネリオの方も今まで気になっていた事を彼らに何でも聞くようになった。知る事が楽しくなってきたからこそだろうが、使用人達の話を聞く度に子供らしく感心している様もまた好感を持たれている事だろう。

「ただ……今まではそれらの話が領主問題と繋げて話される事はまずなかったのですが……オズフェネスの行動から最近それを匂わせる話をする者も出て来ています」

 言いながら僅かに表情を曇らせたカリンに、セイネリアは笑ってやる。

「それに関しては仕方ないところだな。だがその所為でハーランが焦って行動を起こすかもしれない。それはそれで都合がいいさ」
「では、噂自体は放置しておいていいと」
「あぁ、こちらは特に噂を操作する必要はない。……まぁ、なんならハーランの話が出た時にでも、自分は苦手とか怖いとかをそれとなく言ってみるといい。きっと同意する者達が出る」
「はい、そうですね」

 この状況は都合がいい、全て思うままに進んでいるとホルネッドは考えているに違いない。
 今現在、ホルネッドの敵はハーランであり、兄を追い詰めて言い訳のしようもない行動を起こさせ、犯罪者として貶める――というのが彼の狙いだろう。それはこちらとしても都合が良いから、それを後押しするくらいはしてやっても構わない。せいぜい今は、彼には自分の策に存分に酔っていてもらえばいい。

 ……人間、すべてが上手く行って自分の思い通りになると思っている時程、目が眩んで見えなくなり、重大な失敗をやらかすものなのだから。



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