黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【36】



「そう……か……」

 呟いて、また考え込んだ男の空になっていたグラスに酒をいれると、ついでに自分のグラスにも勝手に入れて、セイネリアはそれを飲みながら言ってやった。

「納得したか? まだ信じられないならリパ神殿に行って告白の術を掛けてもらってもいいぞ」

 それにはオズフェネスが驚いて顔を上げた。

「……本気か?」
「嘘は何も言っていないからな。どうしても信じられないというならそれくらいしてもいいという話だ」

 オズフェネスは面くらった顔をしたが、そこまで言えば苦笑する。
 リパは慈悲の神という事で、神殿では罪の告白を聞いてその人間の心を軽くするという事もやっている。その際に使われる『告白』の術をつかえば嘘を言えなくなる――という事で、断罪された者が身の潔白を証明するための最終手段としても使われていた。まぁただの罪の告白なら気楽に出来るが、権力者や公的機関からの要請ではない場合に証明用として使うのは手続きが面倒で時間が掛かる。だから実際のところあまり実用的ではない。

「……分かった、とりあえずお前の今の言葉は信じよう」

 オズフェネスはそう言ってグラスを手に取ると、表情だけでなく体からも力を抜いて背を背もたれに預けた。

「それは良かった。ただこれがあんたにとってはいい答えか悪い答えかは分からないがな」
「そうだな……複雑な心境ではある、が、最悪の答えでなかった事は確かだ。貴様への評価はまだ保留だが、ボネリオ様の変化は……手放しで喜んでいい事なのだろう」

 少なくとも落胆はせずに済んだ、という事で彼としては安堵したというところか。セイネリアは彼のその様子に軽く笑って、やはりこれも軽口のように言ってやる。

「あぁ、ついでに言うと俺にボネリオを領主にしろと依頼しているのは魔法ギルドだ。上二人は魔女に関わり過ぎたから都合が悪いらしくてな。で、ボネリオを領主にするならいい後ろ盾が必要という事で、奴らからその候補として提案されたのがあんただ」

 酒に口をつけていたオズフェネスが思わず吹きそうになる。
 彼は急いでグラスをテーブルに置くと口を押えながらこちらを見たが、セイネリアが気楽に酒を飲んでいる様を見ると、一息ついてから睨んで言って来た。

「……それでお前は、俺にボネリオ様につけ、と言いたいのか?」

 セイネリアは当然そのままの気楽な口調で返す。

「いや? 別にそんな事は頼むつもりもなければ強要もする気もないぞ」
「だが魔法ギルドからは……」
「あくまで向うからあんたの名前が挙がってるだけの話だ。あんたは人から言われて動く人間じゃないだろ。あんたはあくまでも自分の判断のもと、あんたの利益の為でも、この地の為でも、大勢の部下達や領民の為でも――一番重要だと思う基準で新領主として付く人間を選べばいいだけだ」

 セイネリアの口調はどこまでも軽い。話の内容が軽いものだと錯覚しそうな程に。ほとんどあっけにとられたように目を丸くしていた英雄様は、苦笑すると彼も少し軽口のように言ってきた。

「まったく、難しいことを言ってくれる。それで丸く収まればいいのだがな」

 だが今度は逆にセイネリアが声から笑みを消す。重い口調で彼に言う。

「だがいつまでものらりくらり躱す訳にはいかない、いつかは決める必要がある」
「そうだ」

 それに返すオズフェネスの声も勿論重い。
 そこでまたセイネリアは空気を散らして笑ってグラスの中身を飲み干すと、口調を元の軽さに戻して彼に言う。

「これだけは誓ってやる。俺は最後までボネリオに領主になれとか、なれる可能性を示唆するような助言をする事はない。ボネリオの言動はあくまでもあいつ自身で考えたものだ、俺が操ってさせているものじゃない」

 それにはオズフェネスも笑って言ってくる。

「となると最悪、お前は依頼を果たせない事になるぞ」
「それはそれでいいさ。そうしたらボネリオは本人の望み通り冒険者になるだけだろ。鍛えてやった分自殺志願者にはならずに済みそうだし、こちらも寝覚めの悪い気分を味合わなくて済む」

 オズフェネスは今度はクククと喉を鳴らして笑ってから、楽しそうにグラスの中身を飲み干す。それから貴族らしくなくセイネリアのように腕で大げさに唇を拭うと、楽し気な笑みを浮かべたまま自分のグラスに酒を注いだ。

「本当に食えない男だが……少なくとも嘘を話してはいないのだろう」
「あぁ、あんたみたいな人間には、嘘を話すくらいなら全部話した方がいい。違うか?」

 セイネリアがそのまままたグラスの中身を飲み干せば、オズフェネスが持っている酒瓶の口をこちらに向けてきた。

「その通りだ、だから今回はお前の言葉を信じてやる。だがもしお前が先ほど誓った言葉と違う行動をしたら……無事にこの地を出て行けるとは思うな」

 セイネリアは自分のグラスを前に出す。

「あぁ、了解した」

 それに、オズフェネスは笑って瓶の中身を傾けた。



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