黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【33】



 エリーダの伸ばした棒を叩き落として、その勢いのまま回す角度を変えてエルの長棒が彼女の肩を狙う。だがそれは避けられて戻した武器で彼女に払われ、エルもすぐに棒を返して反対側の先を彼女に向ける……が、その前に彼女は後ろに下がった。その反応だけならかなりのものだ。

「やはりエル様の動きについて行くのは厳しいです」
「いや、体はついていけてると思うンだがな」

 反応はかなりいい、あえて問題を言えば諦めが早い事と腕力の差というところか。最後まで打ち合おうとせずにすぐに後ろに下がるのは怖いからなのかもしれないが、そこは経験を積んで慣れればどうにかなる筈だ。そして腕力なら、多少どうにかする方法が彼女にはある筈だった。

「強化入れてみろよ、それでどんくらい動き変わるのか見てみたいし」
「いえ、強化に頼ってはだめだと思いますので」

 こうして手合わせをしている間、何度もエルは彼女に強化術を入れるよう言っているのだが、今のところ彼女は頑なにそれを拒否していた。まぁ兵士達の話ではセイネリアがここで連中と手合わせをした時、強化術を使ってる隙を狙って倒されたり、強化を使う暇ななくやられたりと術の意味がなかったという話なので、それを考えての事なのかもしれないが気になりはする。
 最初の試しの手合わせの時も、なんとなく違和感を感じて彼女だけ強化を入れてもう一度と言ったのも断られてしまっていたから、彼女が強化を入れたところを実はエルは見た事がない。セイネリアとやった時には使っていたそうだから使えないという事ではないのだろうが、妙にひっかかるところではある。

――まさかな。

「そういやエリーダってどこにアッテラの印を入れてンだ?」

 聞けば彼女はくすりと笑う。

「エル様はとても分かりやすい場所ですよね」
「おぅよ、どーせなら目立つとこにバーンと入れてくれって事でな。でも結構神官には多いぜ、なにせ体で一番広く場所取れるからな」

 アッテラを信奉する者はアッテラの印の刺青を体のどこかに入れている。ただの信徒だと小さくていいから確かに女性は目立たない場所に入れる者もいるそうだが、神官だと印自体も大きくなるし、そもそもアッテラ神官である事を隠そうなんてまったく思わないのでまず皆目立つところに入れている。信徒だって圧倒的に目立つところに入れている者の方が多い。アッテラ神殿の気質的に隠そうとする者はかなり少数派だ。
 エルの刺青は背中にあって、冬場の服だと見えないが普段の服装ならちゃんと見えるようにしていた。訓練中は当然防寒系の上着は脱いでいるから背中はしっかり見えている。

「エリーダは普段は見えないようなトコにしたのか?」
「えぇ……その……聞きたいですか?」

 恥ずかしそうにもじもじした女性に上目遣いでそう聞かれて、うん、といったらスケベ心丸出し親父だろう。エルは困ってごまかしの笑いを返すしかなかったが、彼女は更に顔を赤くすると、恥ずかしそうに……しかも熱っぽい視線を向けて言って来た。

「その……見たいのでしたら、二人だけで、エル様でしたら……」

 いやいやいやいやいや……エルは動揺のあまり一瞬思考も体も固まった。どう考えてもこれはそういう事でつまり誘われてるのかと思ったが、ここでさらりと後での約束を取り付けたり、そのまま抜け出して人気のないところ……なぁんてセイネリアみたいな事が出来る訳がない。

「い、いや、見せ難いとこなら無理に見せてくれなくていいって、うん、そうだよな、女性じゃあんま目立つとこは嫌だよなぁ」

 はははは、と乾いた笑いを返しながらも、エルは心の中でセイネリアに向かって一通りの罵詈雑言を並びたてた。
 だがセイネリアと言えば思いつく事もある。

「あー……そうだ、ボネリオのとこ行ってみねぇか? どうも昨日からセイネリアの奴が馬鹿みたくしごいてるみたいでちょっと心配でさ」

 我ながらわざとらしいとは思いつつも、ボネリオが心配な事は確かである。エリーダはそれを聞くと少し考えた素振りを見せた後笑って返してきた。

「いえ、止めたほうがいいと思います。彼も殺すつもりはないでしょうから加減はしている筈です。ボネリオ様は基礎体力と筋力が足りなすぎですから、どちらにしろ一度徹底的にやらないとならないでしょうし、邪魔はしない方がいいと思います」
「あ、あぁ……そうか」

 やはり自分はガキに甘いのかと思っても、なんだかいろいろエルは自分の中で消化しきれないモノを残す事になった。



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