黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【31】



「……母親が生きている間は、父親であるデルエン卿は基本は厳しくても末っ子であるボネリオには割合甘い優しい父親だったらしい。兄貴達にはいろいろ責任がある分厳しい態度を取る事が多かったみたいだけどよ、ボネリオに対しては『お前は好きに生きなさい』っていうのが口癖であまり叱る事はなかったそうだ。小さな頃は両親が出かけるのによくついていって二人が笑っている姿を沢山見てたから、ボネリオは父親の事が大好きだったっていってた」
「つまり、結局全部デルエン夫人が死んだせいか」
「そうだなぁ。悪いのはそれに付け入った魔女だが、デルエン卿がおかしくなった分岐点は奥方が死んだとこだろうな」

 泣くボネリオに暫く付き合ったエルが部屋に帰ってきたのは深夜を過ぎた頃で、セイネリアは話を聞くために彼を待って起きていた。
 部屋に送った後、エルはずっとボネリオの話を聞いていたらしい。泣きつかれて眠ったのを確認してから帰ってきたという事だが、泣く子供の話をずっと聞いていたのは随分根気があると感心するところだ。

「俺もファダンのジジイからデルエン卿の事は聞いてる。まぁハッキリ言えば凡庸な人物だな。父親の言いなりでずっと育って気の毒だったとも言っていた。兄妹は女ばかりで唯一の男子だったから後継者争いはなかったそうだが、その分小さい頃から相当厳しく育てられたらしい。優秀な父親だったからこそ凡庸な息子には相当の重圧が掛かってたんだろうよ」

 偉大過ぎる父親をもった息子としてはよくあるパターンだ。父親は凡庸な息子に苛立ち、自分の思う通りの人形にしたてあげようとする。息子は自我を押さえつけられて育ち、あるきっかけで堰き止めていた堤防が崩壊する。

「そっか……」

 エルはそこで大きく息を吐いてベッドに倒れた。あくびをしたところからして彼もやはり疲れたのだろう。

「んじゃきっと、末っ子で領主になる可能性がないボネリオにだけは、自分がそうしたかったように自由に生きて貰いたかったんだろうな」

 多分そうだろうとセイネリアも思う。だが同じことを思っても、エルは経験からくる直感で言っただけの事で、セイネリアは理論で出した答えだ。

「そのせいもあってあれだけガキっぽく……よく言えば善良なヒネてない子供として育ったんだろ。ちょっとガキ過ぎて困るが、人からは好かれるタイプだろ」
「まぁな、ガキらしいから年上には可愛がってもらえンだろうな」
「だろうな、お前がそれだけ可愛がってやってるんだからな」

 笑って言えば、エルが寝転がったままこちらを睨んで片足を上げ、何もない空間を蹴ってみせる。

「るっせ、弟を思い出すんだよ」
「そういえばお前、兄弟が多いんだったか」
「おうよ、だからガキの面倒見んのは慣れてンだよ」
「確かにな。おかげで俺もガキの話を聞かなくていいのは助かる」
「るっせ、俺ァ子守じゃねぇぞ」
「お前が自発的に面倒を見てるんだろ」
「けっ……まぁ別にいいけどよ」

 それで暫く黙ったエルは、こちらを見る事もなく天井を見つめていた。
 けれど、セイネリアも寝ようとベッドへ上がったところで、彼にしては珍しい抑揚のない声が聞こえた。

「ボネリオ自身は……ここの領主にならねぇ方が幸せなンだろうな。父親も、それを願ってた」

 セイネリアはベッドの中に入りながら、当たり前のようにあっさり答えた。

「あぁ、恐らくな。だが決めるのはあのガキ自身だ」

 いや、実際は周りの連中か――そう思いもしたが、最終的にそれを了承するかどうかはボネリオの判断で間違いないかとセイネリアは苦笑した。



---------------------------------------------



Back   Next


Menu   Top