黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【26】



 噂というのは一度立場も責任もない人間に流れてしまえば広がるのは早い。
 前日に屋敷内の下っ端共に広がれば、次の日には街の噂になっている――というのはカリンが外から通っているという洗濯女の一人から聞いた話で、ただ実際そうなっていても何もおかしくはないとセイネリアも思っていた。
 だからその日、カリンからの話を聞いてすぐ、全員で昼食の場に揃った時にセイネリアはボネリオに聞いてみた。

「ボネリオ、午後は少し街にいかないか?」
「え? でもそれなら事前に言っておかないと護衛の準備がって……」
「護衛はいらんだろ、俺達がいるんだ。エルも、外へいくなら訓練じゃなく本来の仕事優先で問題ないしな。俺達三人じゃ足りないか?」
「え、いやいやいや、そんな訳ないよ、護衛っていったって俺につくのなんて一人だし」

 放置された三男とはいっても館の外へ出るなら流石に護衛は付けるか――というのはいいとして、デルエン領は貧乏という訳でないから一人だけとは随分ケチだと思わなくもない。ボネリオのガキ臭さも考えれば、それでは護衛というよりただの付き添いだろうと思うところだ。

「護衛は一人といっても馬車の準備もあるから実際は一人ではないだろ」
「ううん、一人だよ。あー……そりゃ街の中でもここから遠いとこいくとか、大きな買い物だとかある時は馬車だけど、母上が死んでからはそういうのはないかな。俺が街行くって言ったら露店みたりちょっとぶらぶらしたいくらいだし……それだと徒歩だよ」

 酷い扱いだと思わなくもないが、シシェーレの街はクリュースでも北の外れで冒険者も比較的少ないし人通りの多い場所なら危険は殆どない。特に冬場は外から来る人間も少なければ外へ逃げるのも難しいから、犯罪に巻き込まれる可能性はかなり低い。

「成程。……それなら特に許可を取る必要はないか」
「ううん、一応デナンには言っとかないと」

 デナンはここの執事長で館周りの設備や人の管理をしている。セイネリア達がこの館についた時にまず値踏みするようにこちらをみてから部屋へ案内してくれた男だが、その時にこちらに言って来た注意事項の話からすれば今回の件について事情を既に知っていたようではあった。そこから考えれば、ここではかなりの権力を持っていると思っていいだろう。

 だから食後にすぐそのデナンのところへ言いに行ったボネリオだったが、彼は一応了承は返したもののあまりいい顔はしなかった。

「ボネリオ様、外出自体はよろしいですが宵終わりの鐘がなる前にはお帰りくださいませ。今夜は御兄弟方全員にお集まり頂く予定がございます為、夕飯を早めにお取りになっていただかねばならないのです」
「え? そうなの? 特に聞いてないけど」

 勿論その話はセイネリア達も聞いてはいない。だが、心当たりはあった。

「……まさかボネリオ様がお出かけになるとは思いませんでしたし、出来るだけ内密にしておきたいお話でしたので」
「そうなんだ、うん、でもあまり遅くならないよ。ちょっと冒険者事務局を案内してもらうだけだし」
「冒険者事務局……ですか?」

 不機嫌そうだった執事長は更に不審げに顔を顰める。ボネリオのやけに浮かれた笑顔とは対照的だ。

「そう、仕事を貰う時の手順とか、仕事を選ぶ時の注意とか、仲間の誘い方とか! 冒険者になった時に困らないように教えてもらうんだ!」

 そのボネリオの声の勢いに少しだけ驚いたのか……それとも呆れたのか、デナンは一瞬言葉を返すのを忘れたように黙って、それからため息をつきながら言った。

「……お噂道理ですね、いえ、何事も学ぼうと思う事は良い事です、いってらっしゃいませ、くれぐれも遅くならないようにご注意下さい」
「うん、分かったよ」

 ただ子供の浮かれた様子には少しつられる事があったのか、ボネリオと話す前はむすっとしていたデナンの顔は、最後には少し柔らかくなっていた。



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