黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【25】



 ……だが、セイネリアがそんな事を考えていたところで、まさにその逆パターンで視野が狭くなったなれの果ての人間がやってきた。

「……なんだ、妙にやる気になったというのは本当だったのか」

 文より武というタイプの人間らしくでかい声でそう言って近づいて来たのは長子のハーランだった。それには流石に必死で剣を振っていたボネリオも気付いて手を止めた。

「兄上、お久しぶりです」

 同じ敷地内に住んでいるのにその挨拶が兄弟間の関係の希薄さを表している訳だが、確かに少なくともハーランがボネリオを見る目は弟への目ではない。貴族の次期当主とそれ以外の兄弟だから当然ではあるのだが、完全に見下した視線には兄弟間の情は少なくとも読み取れなかった。

「あぁ、確かに暫くぶりだな。しかしお前、何故急に剣の稽古など熱心に始めた」

 表情は酷く不機嫌そうで目は疑っているもののそれだ。つまり、ボネリオが急に剣を振ってやる気を出したという話を聞いて、まさか次期領主候補として自分をアピールするための点数稼ぎを始めたとでも思ったのだろうとセイネリアは考えた。
 だがそれにボネリオが返したのは、子供らしい無邪気な笑みだ。

「それはもちろん冒険者になる為です。冒険者になったらどれっっだけ大変か、そこの男に教えてもらいまして、今のままだと簡単に死ぬとか騙されるとか散々脅されて……本気でやるしかないと思ったんです」

 後半笑顔は引きつったものの、その言葉に全く嘘偽りのない事はボネリオの『子供らしい』態度ですぐ分かる。先ほどまで疑いのまなざしを向けていたハーランさえ、面食らったようにすこし驚いた顔をして、それから機嫌よく笑みを浮かべた。

「ふむ、そうか。それは確かにその通りだ。……うむ、お前を少し見直したぞ、冒険者になる時にはここの主として俺が良い装備を用意してやる。がんばって鍛えるといい」
「はいっ、ありがとうございますっ」

 子供らしく元気の良い返事を返して鍛錬に戻るボネリオに、満足そうにハーランは笑う。それからそれを見ているだけだったセイネリアの方を向くと、やはり機嫌が良さそうに話しかけてきた。

「お前がこいつをけしかけたのか」

 セイネリアは一応頭を下げた。

「このまま冒険者になるのは自殺行為だと思いましたので」

 ハーランは豪快に笑った。

「はは、確かにその通りだ。折角やる気になっているんだ、いい冒険者になれるように鍛えてやってくれ」

 それにも軽く頭を下げて了承を返せば、そこでハーランは少し近づいてきて耳打ちしてくる。

「ところで貴様、相当の腕だと聞くが……どうだ、俺の下につかないか」

 この男の性格からしてその誘いは想定済みだった。だから返事も用意してある。

「申し訳ありませんが、今は魔法ギルドから雇われている身ですので」
「成程『今は』か。……まぁいい、今の仕事が終わった後でもいいから考えておけ」
「はい」

 それにまた軽く頭を下げて――今の仕事が終わった後、貴様は俺を雇えるような地位にはいないだろうよ、と思いながらも拒否は返さないでおく。この馬鹿ならそれで自分に都合のいいように解釈してくれるだろう。
 自分より地位が低い人間は自分の思い通りになるのが当たり前だと思っている人間に、否定を返してはいけない。せいぜい肯定して持ち上げてやればいい。そうすればどんどん視野が狭くなって死角だらけになる。そういう人間を追い落とすのは簡単だ。

――とはいえ、どちらにしろあんたの相手はこっちではないがな。

 腰巾着を連れて機嫌よく去っていく男を見ながら、セイネリアは心の中で嘲笑った。



---------------------------------------------



Back   Next


Menu   Top