黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【24】



 セイネリアが庭の方へいけば、剣を振るボネリオの傍でそれぞれの武器を振るとエルとエリーダがいた。カリンはどうやらカウント役らしく、音としてはそれぞれの武器が空気を斬る音と彼女の数字を数えていく声だけが聞こえた。

「……なんだ、お前も一緒にやってるのか」

 それにエルは、うるせぇ、とこっちに言いながらも素振りを続ける。ただボネリオに合わせているのもあって一セットの回数が少ないからか、待っていれば間もなく終わって、それから改めて文句を言ってくる。

「ついでだよついで。黙って見てるよりゃこっちも身体動かしてたほうがいいじゃねーか」
「のんびり朝寝てるお前が悪い」
「……は?」

 それで彼は暫く考えて、言葉の意味が分かったらしい。

「お前、いつも先に起きてるかと思ったら……まさか……」
「あるジジイのおかげで日課にさせられたからな、出来る時は朝飯前に軽く体を動かしてる。……お前の方は、厳しい神官修行を受けたにしては随分なぐうたらぶりだが」

 エルは顔を引きつらせるが、それでもそれに関して反論してこない辺りは自覚があるのだろう。そこから頭を面倒そうに掻いて、はぁ、と大きく息を吐いてから顔を上げる。

「そーゆー意味で早起きしてンなら誘えばいいじゃねーか」
「そーゆーのは自発的にやるものだろ。誘われてやるものじゃない」

 エルがまた言葉に詰まって顔を手で覆う。

「そーだけどよー。まぁお前がそういう奴だって分かってるけどよー……」

 そこでこれ以上彼にこの話を振ると面倒そうだと思ったセイネリアは、ぼうっと座り込んでこちらを見ているボネリオに視線を向けた。途端、びくりとボネリオが跳ねて、彼は急いで立ち上がる。

「ボネリオ、まだ今日の分の基礎訓練は終わってないんだろ。休んでないで続けろ」
「うん、分かって……る」
「ボネリオ様、私もお付き合いいたします」
「ん、ありがと」

 それでボネリオは急いでまた剣を振り出し、その横でエリーダも槍を振る訓練を始める。カリンも笑ってカウントをしてやる。
 それをチラと見つつもさすがにもう付き合わないのか、エルはセイネリアの傍までくると長棒を肩に掛けて首を左右に動かしながら聞いてきた。

「あー……ところでお前、こっち来てていいのか? 向うの奴らと訓練中だろ。それにボネリオについてるのは二人までって話じゃねーのか」
「訓練に付き合うのは別に義務じゃない。それに二人までは屋敷の中での話だ、外なら構わないだろ。特に今はボネリオの訓練を見てくる……と言ったら爺さんから背中を押す勢いで行って来いと言われたしな」

 領主を見捨てかけていたファダンだが、この家自体には仕えて長いだけあってその忠誠心が消えた訳ではない。悪い話ばかりの主の家周りで、やる気のなかった末の息子がやる気になっている姿は相当に嬉しい事だったのだろう。
 エルがエリーダを呼びに来た時もそうだが、セイネリアが『ちょっと見て来ていいか』くらいに聞いた時も、即答で了承した上に『ボネリオ様を頼むぞ』と強く言われたくらいだ。

「ふ〜ん、ま、暗いニュースの中のちょびっとの明るいニュースみたいなモンかね、あの爺さんからすりゃ」
「……そういう事だな」

 あまりファダンと話していないエルがそこまで的確にいうのは少し意外で面白い。エルは本人も言っている通り頭を使うタイプではないが、人付き合いが上手いだけあって機微に聡い。しかもセイネリアと違って理論でなく直感で気づくタイプなところがいい。
 どれだけ自分の能力に自信があっても人間に全能なんてあり得ない。自分と違う視点を持つモノが傍にいるという事はそれだけ自分の視野が広がる事でもある。逆に同じ考えの人間とばかり組むと視野がどんどん狭くなっていく訳だが。エルはそういう意味でセイネリアにとっては相当に有用な『仲間』だった。



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