黒 の 主 〜冒険者の章・七〜 【23】 エルは割と困っていた。 「うわ、やっぱり長さがあるだけあって重いなぁ」 「もう少し軽い槍もありますが、軽いものはやはり強度が落ちますので実用は難しいですね」 「うーん、俺だとこれ持ってるだけでも訓練になりそう」 ボネリオの希望もあって訓練中のエリーダのところへ来た訳だが、理由を話せばファダンはあっさり許可をくれて、彼女はボネリオの訓練に付き合う事になった……とそれはいいのだが。 「……ですが、訓練でしたら最初は軽いモノを使う方がいいかもしれません。基礎筋力がない者がイキナリ重い武器を使うと筋を痛める事もありますし。どうでしょう、エル様?」 「え、あ、あぁ、確かに今はまだ軽いので練習した方がいいかな」 いや別にンな律儀に俺に聞いてこなくてもよ――とは思うのだが、そこをそうハッキリ言える訳もない。しかもそこで、そうですよね、と同意を貰って嬉しそうな笑顔を見せられたら益々言える訳がない。ついでに言えば思わず視線をさまよわせて後ろにいたカリンと目が合ってしまったのだが、彼女には会話を拒否するように目を逸らされてしまった。 「もう少し軽いのかぁ。そうだ、エル。エルの持ってるその棒って重いの? 軽いならちょっと持たせてよ」 また話を振られてエルは急いで向き直り、いや重めーよやめとけ――と言おうとす……る前にエリーダに答えられてしまった。 「エル様の武器は硬いエレの木製ですから重いですよ」 「そうなんだ、槍の刃が付いてないから軽いかと思った」 「刃はついていませんが槍でいえば柄で戦う分硬い木で作る必要があります。それにアッテラ神官の方は普段から鍛えるために重い武器を携帯する方が多いとか、そうですよね、エル様」 「……まぁな」 なんだろう……アッテラ信徒のいかつい男や逞しい系の女性から『エル様』と呼ばれる事はあっても、エリーダのような女性からこれだけ『エル様』を連発されたことがないからどうにも気恥ずかしいというかむず痒いというか居心地が悪いのだ。 「へぇ〜エルって結構すごいんだ」 「そら……アッテラ神官だからな」 ボネリオと二人の会話なら調子に乗って得意げに話す事が出来ても、エリーダの前だと調子が狂っていつも通り話し難い。 とはいえボネリオとエリーダの二人に期待一杯みたいな目でみられたら何も言わない訳にもいかない。エルは背中から得物の長棒を手に取るとボネリオに手渡した。 「一応持ってみるか、いいか、重いからな、気を付けろよ」 「うん、わ、本当に重いっ」 「それをエル様は自在に振り回されるのです」 「へー、見たーい、すごくみたーい」 やっぱそういう流れになるよな……と思いつつ、そういえばエリーダに棒術を教えてはいても、彼女の戦い方を自分はちゃんと見たことがないとエルは思う。 「ま、仕方ねぇな。ならエリーダ、軽く相手してくんねぇか。ちょっと動きを見せるだけだし勝負つくとこまでやんなくていいからよ」 そう言ってみれば、彼女は満面の笑みで返してくる。 「はい。喜んでお相手させて頂きます」 ――くそ、なんでこう落ち着かねぇんだ。 「エル、師匠だから勝たないとね」 「るっせ、勝負じゃねぇっていったろ。あとなボネリオ、終わったら今度こそセイネリアから言われてる基礎訓練やんだぞ。槍振ってみるのはその後だ」 実はエリーダに後で頼むつもりで声を掛けたのが即来てくれてしまったため、まだボネリオは外に出て真っ先にやる筈だった基礎訓練が終わっていない。 「あー……うん、分かってる、やるよっ」 まぁやる気自体はまだ萎んじゃいないようだからいいかと、首と腕を回してエルは体を軽く解す。本当はこっちが基礎訓練をしてからやりたいところだが、これが終わったら一緒にやればこの坊主もきちんとやるかと考える。 「ではエル様、よろしくお願いいたしますっ」 「お……おぅ」 それでもやっぱりエリーダに言われるとちょっと動揺してしまうのはどうしようもない。頭を掻きながらざわつく気分を振り切って、エルは軽く長棒を一回転させると彼女から距離を取る為に少し下がった。 「あー……一応術ありにすっか?」 途中気づいて足を止めて聞いてみる。なんなら彼女だけ術ありでもいいかと考えてみたりもしたが、そこは即答で否定された。 「いえ、なしで。素のままでエル様の力をうけてみたいです」 「そっか、まぁ確かにそこまでやるこたねぇか」 そこでまた頭を掻きながら、ふぅ、と大きく息を吐いて、エルは腰を落とすと長棒を構えた。 --------------------------------------------- |