黒 の 主 〜冒険者の章・七〜 【22】 上の者に魔女の話が公表されてから二日。 会議の翌日である昨日はまだ話はそこだけで止まっていたようだが、今日になってからは下まで話が広がっていて、少なくともこの屋敷関係者であれば侍女や下っ端兵、馬番に至るまで大まかな話が伝わっているようだった。 ――別荘に送られていた兵士が復帰しだしたのなら仕方ない。 今日も前で話をするエルとボネリオから一歩引いた場所を歩いて、すれ違った人間を確認しながらカリンは思う。 なにせ記憶を失った連中への理由付けとして『魔女の仕業』という部分を公表する事にしているのだ、彼らが仕事に復帰すれば当然同僚へ話は伝わる。ただそこは魔法ギルドとしても想定内で、だからこそこちらがこの屋敷に入るまで治療者を帰すのを待っていたという訳だ。 別荘帰りの連中は昨日から一気に増えていて、見覚えのある顔というだけなら既に20人以上は見ていた。ただしその中で例の『お気に入り』らしき連中は今のところ4人というところだ。勿論彼らはこちらを見た途端、明らかに動揺した様子を見せたり、顔を背けて見られまいという分かりやすい態度を取ってくれた。この辺りも主の予想通りではある。 「んーそうだな、槍は結構初心者にも勧められる武器ではあるな」 「初心者向きなの?」 「そういう訳じゃねぇけど、慣れねぇ奴が剣振り回すよりは慣れねぇ奴が槍振り回してる方が役に立つ可能性は高いかな」 「へぇ、そうなんだ」 セイネリアといるとひたすら鍛錬のボネリオだが、エルといれば会話を楽しむのは変わらない。とはいっても、これから鍛錬に庭に向かうところだし、エルに聞いている内容も冒険者として有用そうな事になってる分、いい意味で変わったのは確かだ。 「そらもう間合いが剣とは全然違うからな。相手の武器が届かない位置から攻撃出来るってのはそれだけで有利だし、戦闘慣れしてねぇ初心者的には相手と距離があるって事はそれだけ『怖くない』ってのも大きいんだよ」 「怖くない?」 「そ、例えばセイネリアの奴がお前が両手伸ばせば触れるくらいの距離にいるのと、5,6歩離れた位置にいるのとじゃどっちが怖いよ」 「……確かに」 怖い例がセイネリアという発想なのはカリンとしてはつっこみたくなるが、話が通じている以上はそれでいいのだろうとしか言えない。 「戦闘慣れしてない奴にとっちゃ特に、距離がある分の気持ちの余裕ってのは大きいンだよ。それだけで冷静に対処できる」 「ふーん、なら俺も槍使ってみようかなぁ」 「そんならエリーダのトコいってみるか?」 「そうだね、試してみたいかも」 「まぁ彼女じゃなくても門番とかお仕事中の連中は槍もってるのが多いから、そっちで話を聞いてもいいだろがよ」 「でもエリーダならエルが師匠だからいろいろ言う事聞いてくれるんじゃないの?」 師匠、という言葉には、エルは分かりやすく反応して顔を引きつらせた。 「……いや単に仕事中より訓練中の奴のがまだいいかって話なんだが……」 それは確かに間違ってはいないだろうが、親密になった分、槍といえば彼女の名がすぐに出てしまったのも確かだろう。とはいえこういう時にまず知人に話を持って行くのは当然であるし、何故エルはそこまで狼狽えるのかとカリンとしては不思議に思うところではあった。 警備兵の訓練は基本は午前と午後で人が入れ替わる。正確には4つの部隊で休み、訓練、警備、警備をローテーションで回しているらしい。5日毎にずれるそうだから今のところは朝と昼で面子が固定されているように見えるが、聞けば明後日で切り替わるそうだ。 ――俺とエルも午前と午後で入れ替わるのもありだな。 そうすればエルは出来るだけエリーダに付き合わせる事も出来る。 まぁそれは置いておいても、兵達を見渡せば今日は人数がやけに多かった。なにせ前回の街外へ行く時『今日は特別だからいつもの3倍の人数がいる』と言われたのだが、その時の人数より少し少ない程度の今日は普通の訓練日としてはどう考えても多い。 ただその理由もほぼセイネリアには分かっていた。 前回の訓練で見なかった顔――それがあの別荘での見覚えのある顔ばかりという事は例の復帰組みがそのまま訓練に駆り出されたという事だ。 「この間見なかった顔がいるが、魔法ギルドの治療から帰ってきた連中か」 ただの確認のようにファダンには聞いてみる。ここは他の者にも聞こえる声で。 「……あぁ、手の足りないところ以外では復帰者はまず訓練に出ろといってあるからな。それより、何故すぐにそう思った?」 「あぁ、例の騒ぎで別荘の方には行ってるんだ。だから事情も実はかなり詳しく知ってる。一昨日いなかった連中は向うで見た顔ばかりだったからな」 老騎士が驚きに目を剥いて身を乗り出してくる。 「なんだと、聞いていないぞ」 「そこは聞かれていないから……というのもあるが、こちらも自由に話せる立場じゃない」 ファダンは納得はしてないだろうがそれでも顔を顰めて黙る。こう言っておけば、魔法ギルドから口止めされていると思ってくれたろう。とはいえそれだけの認識では今回は少し都合が悪い。 「だが全く何も話せない訳でもない。話す事でいらぬ混乱を生むような事は極力言うなといわれているが、言う必要があれば言ってもいいとは言われてる」 「……言う必要、か」 「そうだ、言わない方が丸く収まる事もが多いから基本は言わないさ。だが言った方が丸く収まりそうな事態が起こったら言う、と思ってくれればいい」 ファダンはそれでため息を吐いた。仕方ない、と呟きながら。 だが今の言葉はこの爺さんに聞かせるために言ったものではなかった。周囲を見れば、内容が内容であるから訓練中の兵士達は殆ど皆こちらの話を聞こうとしている。その中には別荘で見た連中がいて、更にその内の元『お気に入り』だった者達はあえて聞いていないフリをしているがしっかり聞いている筈だった。 彼らはセイネリアを知ってる。 自分達が魔女の手下をしていたというばれたくない情報をセイネリアが握っている事を分かっている。 だからきっと『言う必要がある』事態にならないよう気を付けてはくれる事だろう。今はその程度の『脅し』だけで十分だった。 --------------------------------------------- |