黒 の 主 〜冒険者の章・七〜 【21】 夕食の席でバン、とテーブルを叩いたエルに、使用人達の冷たい視線が集中する。それにマズイと気付いたエルは軽く咳払いをすると手をテーブルから下した。 「エル、行儀が悪いぞ」 セイネリアが言えば、エルの顔が更にピクリと引きつる。 「あンなぁ〜、怒ってるのは誰の所為だと思ってンだよっ」 「俺に怒っているのは分かっているが、別に怒る程の事じゃないだろ」 「いや、だってなぁ〜」 再びテーブルに手をついて身を乗り出しかけたエルに、セイネリアは冷静に答える。 「別にお前だって訓練の為にここに来た訳じゃなし、暇つぶしを兼ねた訓練参加が棒術を教える時間になっても問題ないだろ。彼女を通して他の連中ともすぐ馴染めたろ? 流石神官様と持ち上げてももらえたんだろ。何の問題がある?」 「う……」 エルは言葉に詰まる。 カリンとボネリオは何も言わないが、クスクスと笑っていた。 「でもお前のこーゆーのはなんかぜってー企んでそうだからよ」 「企んでるのかと言われたら企んでるのかもしれないな」 「おいっ」 再びエルがテーブルを叩く、そして再び冷たい視線を浴びる。 セイネリアは出されたスープを一掬いして口に入れると、飲んで味を見てからエルを見る事なく答えた。 「エリーダの腕はなかなか良かったが、棒術ではお前の方が上だった。ならお前に習えばもっと強くなれると思って向うにそれを言ってやっただけだ」 それでエルが今度は別の意味で言葉に詰まって口を閉じる。微妙に視線を彷徨わせ落ち着かない様子は、上だった、と言われて照れくさいのかもしれない。 「いいじゃないか、ここにいる少しの間くらい師匠様をしていれば。ついでにそれとなく兵共の噂話や各領主候補への評判でも聞いておいてくれればいい、そういうのは得意だろ、お前」 エルの表情がまた変わる。今度の顔は得心がいった、というところか。 「はーん、成程ね。そーか、そういう事かい。ま、それならそれで了解した、そンならお前の思惑通り師匠様しててやんよ」 それで文句を言う気がなくなったのか、エルは機嫌よくスープに手を出す。それをまたカリンとボネリオが見てクスクスと笑っていた。当然ながら配膳役の使用人達は無表情でいるが話を聞いているのは確かで、更にこの内の数名はどこかの手の回し者で後で会話を誰かに伝えるのだろう。 「それでカリン、そっちは問題なかったか?」 言われたカリンは、それで姿勢を正してこちらを見る。 「はい、特に問題はありません。予定通り明日から私がボネリオ様の身の回りの世話をさせて頂きます」 「わ、本当に?」 「はい、よろしくお願いします」 嬉しそうなボネリオにカリンが笑って返す。 ボネリオは三男という事で専属の侍女と言える程つきっきりで世話をする者がいなかった。ならばどうせ四六時中一緒にいるのだからと、カリンがその侍女代わりをするという事で了承を得ていた。 だから今日はカリンはボネリオの護衛をせず、この館の侍女長からいろいろ手順やら決まりやらを教えて貰っていたのだった。 「ってぇーと、カリンもあれ着るのか?」 「あれ?」 「ほら、メイド服って奴? いやーまずカリンじゃ滅多に見られないような恰好じゃねぇか」 「……それはありません。動き難いですから」 きっぱりと言い切ったカリンに、ボネリオがぼそっと呟く。 「えー、ちょっと残念」 それにエルがこそっと――といっても声は大きいから全員聞こえる訳だが――セイネリアを指さしながらボネリオに言う。 「見たいならこいつに言うといいぞ。カリンもセイネリアの奴がその恰好を見たい、と言えばやるからよ。な、カリン」 言っている間にエルとボネリオの視線がカリンに向かう。 「……それは、そうですが」 そこからカリンがセイネリアを見て、エルとボネリオの視線もこちらに向く。 「必要性があるならともかく、ないのにそういう馬鹿馬鹿しい強要はしない」 セイネリアがそう言えば、エルはがくりとテーブルに突っ伏す。ボネリオは、えー、と不満の声を漏らし、カリンは安堵の表情を浮かべた。 「いや、なんっつーかよっ、そこでそりゃねーだろ。こういう時はだ、素直に『見たい』って言っとけよっ」 「素直に本人の好きにしろ、と言ったつもりだが」 「あーいや、んじゃ嘘でも『見たい』って言えよっ」 「何故そんな嘘を付く必要がある」 「何故って、そこはこう、お約束的にだなっ」 セイネリアはスプーンを置くと、ため息をついてエルの方を見た。 「エル」 「あんだよっ」 「お前が見たいならお前がカリンに頼め、それでだめなら諦めろ。他人頼みは男らしくないぞ」 「ばっ……」 それにエルは何か言い返そうと口を大きく開いたが、そこで固まったまま彼の顔は赤くなっていき、それから彼はケッと舌打ちをするとテーブルに向き直って乱暴に食事を再開した。 そんなエルにボネリオが笑う。 声を抑えてカリンも笑いだして、食事は終始賑やかな笑い声の中に包まれた。 --------------------------------------------- |