黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【27】



 シシェーレの大通り、人が多いその中をカリンは一人で歩いていた。

 北の国境周辺にある領地の中ではこのシシェーレの街は人も多く栄えている方になる。その辺りは前デルエン卿の功績が大きいのだが、現デルエン卿……つまり廃人になったあの男も無能だった訳ではないし、別段評判が悪かった訳でもない。前デルエン卿が改革した所為で行政システムも健全になっていたしいい部下がついていた事もあって、現デルエン卿も上手くやってはいたのだ。

 ……そう、彼の妻が死ぬまでは。

 妻が死んでからふさぎ込んだデルエン卿は仕事も手に付かず部屋に篭る事が多くなった。だからそこへやってきたあの魔女には、最初は好意的な者の方が多かったという。ふさぎ込むよりは愛人でも作って気力を取り戻してほしいという事で、あの女が館に滞在するのも、デルエン卿が仕事を放ったまま彼女と四六時中一緒にいるのも目を瞑っていたらしい。なにせ前デルエン卿の遺産というか、領主がいなくても下だけでどうにか回せる体制にはなっていたから『暫くの間なら』と周囲の者達はデルエン卿の好きにさせていた。

 ところがそれも年単位になってくれば不審や不満の声が上がってくるし、優れた部下達程危機感を抱き始める。思い切ってデルエン卿本人に進言した部下達が降格させられたり、謹慎処分にされたりとしだした辺りで、彼らはまずい事態になったと焦り始めた。そこで仕方なく領主自身に頭を下げて主要役員全員で進言したところ、領主は『それならお前達の好きにしろ』と魔女と別荘に篭ってしまったという訳だ。
 ……と、そこまでがカリンがあの屋敷の者達から聞いて分かった事である。

――その前提があるから、デルエン卿の息子達は置いておいても部下達は『使える者が多い』という事か。

 一見平和そうに見えるシシェーレの街並みを見ながらカリンは思う。領主がそれだけ仕事を放棄していたのに大きな問題が出ていなかったのだから、確かに下にいた者達は優秀だったのだろう。
 平和なクリュースの国内とはいえ、この平和な街を維持していたのだからそこは確かだ。
 民もマトモな生活を出来ていて大きな不満を抱えていた訳ではない事は、今回の件についての彼らの反応で分かるというものだ。

「聞いたかい、ご領主様の事」
「あぁ……まったく、怖い話だね、魔女だなんて」
「今ではもうマトモにお話さえできる状態ではないそうよ。……おいたわしい」

 街に出ようとセイネリアが言ったのは一般人にまで広がっているという例の件の噂を探る為だが、そこは主にカリンの仕事で、その為カリンだけはセイネリアから買い物を言い使った事にして別行動をしていた。

 前デルエン卿の所為もあるのだろうが、おおむね領民たちは領主には好意的な感情を持っているようで、今回の件に関しても領主に対して同情的な意見が殆どだ。
 魔女に関しても『なぜ魔女と呼ばれたのか』という正確な部分など誰も知らず、単に『人を操る力があった』という部分を恐れて話すだけで、そこもこちらの意図通りに運んで行っているといっていいだろう。

「でもそうなると次の領主様はハーラン様か……」
「昨日街でお見かけしたぞ。兵士を引き連れて……あまりいい印象はないがね」

 そこでカリンはその街人達――見たところ大通り周辺で商売をしている者達らしい――に声を掛けてみた。

「すみません、次期領主様はよく街にいらっしゃるのですか?」

 なんだあんたは、と最初は警戒を露わにした連中も、カリンがかぶっていたフードをとって顔を見せると表情が一変する。

「あー……お嬢さんは冒険者かい?」
「はい、たまたま用事があってこの街に来ていたのですが……その、ご領主様が交代する事があるならいいお仕事があるかなと」
「それでハーラン様の事を聞いてきたのか」
「はい、ハーラン様が長男で次期領主と聞いたのですが……違うのですか?」

 人々は微妙な顔をして互いに顔を見合わせる。カリンは不安そうに彼らを上目づかいで見つめた。

「いいかいこれはここだけの話だけどね。長男だからって次の領主様がハーラン様って決まった訳じゃない、と皆思ってるのさ」

 小さい声で耳打ちのように話してきた男に、カリンは驚いた顔をする。

「そうなのですか?」



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