黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【15】



 セイネリアとエルの会話を、窓の外で隠れてカリンは聞く。これはちゃんと主の指示だ。カリンがくる事を想定しているから、中のランプは最小限に絞って窓から光がほぼ漏れないようにしてくれている。
 一応よそ者のごろつきとはいえ、貴族の館で夜に女が男の部屋に行くのはかなりマズイ。それともう一つは恐らくいるだろうセイネリアを見張る者のため、カリンはわざわざこんなところで話を聞いていた。
 貴族の屋敷なら部屋自体に話を盗み聞き出来る仕掛けがあってもおかしくはない――とうのは常識だが、その仕掛けは基本領主だけの秘密の筈で息子二人や他の連中が使っているとは考えづらい。つまり、警戒するのはカリンのような人間を寄越しているパターンだろうというのがセイネリアの予想だ。その為にセイネリア達の部屋が一階になっている可能性もある。

――やはりな。

 そっと忍び寄る影を見つけてカリンは思う。雪がある中、それでも極力音を立てずにきたのだからかなりの腕だ。ただ今は追い払えればそれだけでいいから、その影に向けてカリンはナイフを投げた。
 ナイフが弾かれたのが微かな音で分かる。
 それからすぐに影は去った。向うもまだ、そこまで必死になってこちらを見張りたい程の段階ではないのだろう。

 中の話も終わっていたから、カリンは窓を3度叩くと自分の部屋に戻った。ボネリオの部屋の周囲には人がくれば分かるように仕掛けをしてあるが、出来るだけ早く戻ったほうがいい。今はまだ安全だろうが、彼を守る事の方が先事項であるのだから。





 セイネリアのいったところの『歓迎のための根回し』。どう考えても嫌な予感しかしなかったエルだが、朝食を終えて守備兵の訓練に合流した後でそれは判明した。
 アッテラ信徒が多いここの兵達から『エル様』と様を付けて呼ばれ、ちょっとちやほやされるのは悪い気はしない。だが問題はそれではなく、二人組になって軽く体を解すという段階でさっと近寄ってきた女性の存在だった。

「エリーダ・ローウェイです。エル様、実はぜひ貴方に教えを請いたいと思っていました」
「は?」
「エル様は棒術の使い手だとか。私は槍を使うのですが柄を使った戦い方はまだ未熟で、ならば貴方に教えを請えばいいと言われてお会いするのを楽しみにしていました」

 言ったのは誰だ、なぁんて事は聞く必要もない、セイネリアだ。つまりこれが彼のいう『根回し』だろう。

――やりやがったな。

 あの男独特のしてやったりなニヤリ顔が思い受かんでエルは心の声で罵声を浴びせる。とはいえ彼女に罪はない。人づきあいに関してはそれなりに経験を積んできたエルとしては、彼女に悟られないように笑みを浮かべて背からいつもの長棒を抜いてみせた。

「あぁ、教えられる程かは分かンねぇが俺の得物はこいつだ。つまりあんたは俺にこれでの戦い方を教わりたいって事なのか?」
「はい、お願いいたしますっ」

 エルだってそりゃ、女性に教えてくれと言われて嬉しくないと言えば嘘になる。彼女は守備兵団にいるわりにはいかにもなごつい男女ではないし顔だって結構美人だ。年齢は同い年かもしかしたら年上かもだが、この辺りの人間らしい色白の肌に薄茶色で少し垂れぎみの大きい目、栗色の長い髪を後ろでまとめた活発そうな感じは……ハッキリいえば割と好みだったりする。
 とはいえこれもセイネリアの思惑通りと考えると素直に喜べはしない。あの野郎自分が女に困ってないからって最近やけにこっちに女押し付けようとするのは何だ? あいつに限って純粋な好意なんてありえねぇしイヤガラセか、イヤガラセしかねぇだろっ――という気持ちになるのは否めない。

 それでも結局、エルはその日一日エリーダに付きっきりで棒術を教えてやる事になったのだった。



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