黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【14】



 領主候補であるデルエン卿の息子は三人。
 長男はハーラン・バッシェ・リア・デルエン、前領主の指名がない状態なら基本的には彼が次期領主となるのが当然ではある。ただこの男、元から評判はあまり良くない。文より武のタイプで戦闘に関する能力は悪くはないが、典型的な貴族の息子らしく自分の思い通りにならないとすぐキレる。気に入った者には気前がいいからほんの一部では評判が良いが、少しでも気に入らない言動を取った者はすぐ罰そうとするから圧倒的に嫌う者の方が多い。特に一般役人や兵士にとっては三人の中で『一番領主になってもらいたくない』人物である事は確かだ。彼の支持者は主に古株の兵士や役人達。いわゆる『長子が家督を継ぐのが当然』と思っている頭の固い連中と、長子が継ぐのを否定したら後継者争いで荒れるからそれを回避するため彼を推している、という者が多い。

 次男はホルネッド・セーリエ・ノウ・デルエン、こちらは長男とは逆の武より文のタイプでなかなかに頭が回るらしい。父親が放り投げた政務の一部を現時点で代理でこなしている為、主に文官連中や長男を領主にしたくない層から支持されている。評判を上げるための裏工作や根回しをマメに行っているだけあって全体的に評判は良く、だからこそ『長子が継ぐのが当然』という状況を否定して彼を領主に推す声が無視できなくなっている。

 まぁつまるところ、順当な立場でありながら長子は評判が悪すぎて、評判が良い次男を推す者達が多い――というのが魔女の件があるまでの領主争いの状況だった。勿論、その状況でボネリオの名が次期領主候補に上がる訳などない。

「でもよ、それなら別に次男が領主になったって問題ないんじゃねぇか。マトモな領主の器なら、女にちょっと鼻の下伸ばしてたくらいは多目に見てやったっていいだろーによ」

 今は夜、帰ってきた部屋の中には当然ながら二人以外の人間はいない。
 一通りの状況説明を聞いた後でエルがそう言ってきたから、セイネリアはそれを阻止したい魔法ギルド側の理由を話してやる。

「あぁ、長男同様あの魔女に熱を上げていただけなら良かったんだがな。ホルネッドの場合は少し違う」
「ってぇと?」
「熱を上げてせっせとプレゼントやらをしていたのは見せかけだけだ。実際はあの女が人を操れる魔法使いと分かってて取引してたのさ。要求は父親をそのまま廃人状態にしてくれる事と自分が領主になる時に手伝ってくれること。領主になった後は当然優遇すると約束して、『父から要求があった』と言って物資や兵士を魔女の元に送ってたんだ。ま、その約束があったから魔女も元の領主様は用済みとばかりに廃人にしたらしい」
「そりぁ……ある意味今回の件の黒幕じゃねーか」
「そうだ。しかもわざわざあの別荘には兄派兵士の中から腕の良さそうな奴を優先して送ってた。そいつらを魔女の手下にして、兄の支持者を減らそうとしたんだろう。魔女の『お気に入り』の半分以上は元長子支持の兵士だそうだぞ」

 セイネリアが笑っていえば、エルはげんなりとした顔をする。
 『頭がいい』という次男の評判についてはこれだけの材料でも嘘ではないと分かる。ただしこれはどう考えても性質が悪い方の頭の良さで、この手のタイプが上に立つと下は不幸になる。

「……確かにそこまでいくと消去法としてあの坊主になんのは分かるけどさぁ……あれはあれでちょっと不安ってぇか……」

 それは当然の意見だ。そしてそれが現在領主周りの人間の共通の認識でもある。
 なにせボネリオと仲良さそうにしているエルでさえそういうくらいボネリオはガキだ。年齢だけの話ならエルとボネリオは三つ程度しか違わないし、カリンに至っては一つ上なだけだ。なのにいかにもこちらの会話だと子供扱いをしてしまうくらい中身がガキ過ぎる。

「ガキの頼りなさと引き換えに、ガキの純真さがある、というとこだろ」
「てかお前の口から『純真』なんて言葉が出るとすげぇ嘘くせぇ」
「そりゃ半分嫌味だからな、ガキの純真さなんてのはただの無知だ」

 エルはそれに乾いた笑いを返した。
 ボネリオが領主として推せる程の人物ではないことは大抵の者なら見れば分かる。だがまだガキだからこそ『いい領主にする』事は可能だとも言える。

「ま、当分はそこまで考えず、領主争いに関しては蚊帳の外を決め込んでおけばいいさ」

 そこで陰謀劇を覚悟していたらしく暗い顔になっていたエルが、気の抜けた顔でこちらを見てきた。

「へ……それでいいのか?」
「あぁ、まったく手を回さない訳じゃないが、お前は気にする必要はない。あのガキを守る事だけを考えてろ」
「お……おぅ」

 エルが明らかに安堵の表情を浮かべる。
 実際暫くは今まで通りボネリオは領主候補とは思われない。頭の回る奴だけは先に行動を起こしだすだろうが、当分は兄二人の周囲がピリピリするだけだ。……逆をいえば兄二人が争っている間はこちらにお鉢は回ってこない――という状況をセイネリアは出来るだけ維持するつもりだった。

「とりあえずエル、明日は俺があのガキについてお前が守備兵の訓練だ。……ちゃんとお前が歓迎してもらえるように根回しはしておいたからな」
「……お、おぉう……って、え?」

 間の抜けた顔で返事をしたエルは、不穏な空気を感じとって顔をひきつらせた。




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