黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【13】



 訓練が終わってセイネリアが屋敷に帰ってきたのは夕刻の、辛うじてまだ太陽が落ち切っていない時間だった。先行して帰りを伝えてあったからか屋敷の門をくぐれば迎えの隊がいて、その先頭に立っていた立派な鎧姿の騎士――明らかに一人だけ別格だろうという男が、ファダンに向かって礼を取った。

「お帰りなさいませ、ファダン様」
「オズ、頭を上げろ、お前に頭を下げさせる訳にはいかん」
「何をおっしゃいます、今の私は何の肩書もないただの一騎士ですよ」
「馬鹿を言え、そうだったら今日呼ばれる事もなかっただろうが」

 体格はセイネリアと殆ど変わらない、大柄でがっちりとした男の名はオズフェネス・ルス・スルガンという。かつて大規模な盗賊団の襲撃があった時に指揮をとって撃退した、ここでは英雄扱いをされている有名人だ。一年前まではこの領内の守備兵団長だった男だが、領主に進言をした後に謹慎処分を受け、そのまま辞職した。
 それだけの過去があるから勿論兵達からの信頼も厚く、領民にも人気がある。ついでにいえばあの領主を諫めようとして叶わず辞職した、というそのエピソードも魔女の件が公表されれば更に評価される事になるのは間違いない。

 つまり、ボネリオの後ろ盾になってくれる有力者として魔法ギルド側が目を付けているのがこの男という訳だ。

「お帰りになってすぐで申し訳ないのですが、ファダン様、この後少々お時間を頂けますでしょうか?」
「あぁ、勿論だ。話を聞かせてくれ」

――ならやはり今日の来客はそういう事か。

 今日は来客があるから正面門前が使えなかった。しかもこの爺を外に出してオズフェネスを呼んだという事は、とうとう魔女の件を公表する事にしたのか――と思ってはいたところで、どうやらそれは当たりだったらしい。
 わざわざ外で俺に話を聞く意味もなかったなとジジイに対しては思うところだが、こちらとしてはこの男にここで会えたのは幸運と言える。

 じっと見ていれば流石に向うもこちらに気づいて視線を向けてきたから、セイネリアは軽く会釈する。そうすれば彼は一度爺さんとの話を止めてこちらに歩いてきた。

「お前がセイネリアか」
「そうです、何故俺の名前を?」
「有名だからな、ボネリオ様の護衛として魔法ギルドから寄越されているという話も聞いている」
「そうですか、名を覚えて頂いて光栄です」

 そこでセイネリアがまた軽く頭を下げれば、今度はファダンが笑いながらやってきた。

「まったく、最初だけは猫を被って殊勝なフリをするなお前は。オズ、こいつはこんな大人しい男ではないぞ、丁寧に頭を下げるのは最初だけだ」

 ただ言う言葉の割りにファダンが楽しそうなのは伝わったようで、オズフェネスは気を悪くした様子もなく笑ってこちらに手を出した。

「成程、それでもファダン様が笑ってらっしゃるという事は相当の腕なのだろう」

 セイネリアはその手を握った。そうすれば相手は必要以上に力を込めて握ってきたからセイネリアも少し力を入れて握り返す。すぐに彼は何事もなかったように手を緩め、セイネリアも手を離した。その唇の笑みがそれで深くなったところからして、思ったよりも遊び心のある人物らしい。

――お堅いだけの人間ではなさそうだが、どこまで駆け引き慣れしているかが問題だな。

 出来れば少し話をしたいところではあるが、これからファダンと重要な話がある段階で引き留める訳にはいかないだろう。
 ただこの手の男に再び会う約束を取り付けるのは難しくはなかった。

「出来れば、そのうちお手合わせ願います」

 言えば、流石に実力に自信のある男の顔色は変わる。更にはそれを後押しするようにファダンが言葉を付け足した。

「オズ、そいつはラディとクラーレだけでなく、剣のままエリーダを負かしたぞ」

 この領内の英雄である騎士は、今度は口元に深い笑みを刻んでこちらの顔をじっと見据えて言ってきた。

「ぜひ、近い内に」
「お願いいたします」

 それで彼は背を向けるとファダンと共に屋敷の方へ去っていく。初対面としてはこんなところでいいだろう。聞いた通りのマトモな英雄様のようだから、そう時間を置かずに次の機会が来ると思っていい。

 さて――そろそろ役者も舞台も整ったというところかと、セイネリアは夕日を受けて赤に染まる屋敷を見上げた。




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