黒 の 主 〜冒険者の章・七〜





  【12】



 沈んだ顔の少年は、会議のあった部屋から自室に帰るまでの間に何度ももため息をついていた。
 部屋に着くと椅子に腰かけ、項垂れた彼の隣にエルが座った。

「元気だせ、って言える状況じゃねぇけど、愚痴くらい聞いてやるし、ちゃんと守ってやっからよ」

 言ってエルが少年の背中を叩けば(彼にしてはちゃんと手加減をしているらしい)、ボネリオは弱弱しくも笑ってエルの顔を見る。

「うん……そうだね、ちょっと状況が飲み込めなくて混乱してるだけだから。でも貴方達がいてよかった、一人だったら心細かったと思う」

 少年を励ます役はエルに任せて、カリンは少し考えた。

 今回の会議は例の魔女の所業と、それによって領主であるデルエン卿が現在どういう状況であるかという事に関する報告会で、当然ながら魔法ギルドからも3人の魔法使いが来ていた。報告自体はここの役人がやっていたが、終わってから魔法ギルドの者が前に出て謝罪と補足の説明を入れた。今回は会議というより報告の場だったので非難や問題提起の発言は出なかったものの、出席者は困惑と不安一杯といった表情の者ばかりで、ざわめきは何度も起きた。
 ことがことだけに即決できる問題ではないのは当然だから、具体的な対策の会議はまた後日という事で一応会議は終了した。

――さて、ここからどう動くか。

 現状はまだボネリオのように状況を理解するのがやっとで今後を考えるどころではないという者が大半だろう。現時点ですぐ動こうとするのは次期領主の座を狙う長男と次男の勢力くらいで、基本は互いをけん制だろうが頭のいい者がいればボネリオの存在が無視出来ないと気づいて手を打ってくる可能性はある。
 チラとカリンが少年を見れば、彼は青い顔ながらも少し気を持ち直したらしくエルに笑って言っていた。

「……でもさ、これで逆に俺は冒険者になりやすくなったかなとも思うんだよね。だって、この状況なら俺はさっさと家を出て行った方が兄上達の邪魔にならないし」
「あー……そうだなぁ、そうとも言えるっちゃ言えるかね」

 事情が分かっている分エルは引きつった笑みで誤魔化しているが、ボネリオ相手ならそれで不審に思われる事もないだろう。特に今は他人を邪推してみれるような精神的余裕はないだろうというのもある。

――それにしても、どこまで鈍いのか。

 ボネリオはまだ自分は蚊帳の外だと思っている。
 兄二人が魔女にどれだけ熱を上げていたのかを知らないか、もしくはそれをそこまで重用視していないか。頭の回転は悪い方だとは思っていたが、ここまでくると自分を否定しすぎなのかただの馬鹿なのか悩むところだ。
 既に先ほどの会議退場の時から、一部の貴族がきちんと頭を下げていたのを見ていなかったのだろうかとカリンは思う。

 セイネリアの予想では、ボネリオが自覚出来る程あからさまに周囲から候補者扱いをされ出すのは、魔女の事がある程度知れ渡って、兄二人を非難する声が出始めてからだろうという事だ。カリンは、早めに気づいて態度を変えてくる者の顔は覚えておけと言われている。
 とはいえ、この卑屈なくらいに自分は蚊帳の外と思い込んでいる少年が領主になるのは難しいのではないか。カリンはそう思うのだが、セイネリアのいうところでは良い主になる素質がない訳ではないらしい。

『善良でプライドが高過ぎず自分に自信がないからこそ人の話も聞く。いい部下がいるなら良いトップにはなれるタイプではあるさ』

 つまりお飾り領主としてはいい素質だという事だろうか。確かに、部下が優れているなら上はそこまで優れていなくてもいいとは思うが、このやる気のない少年に『優れた部下』がついてくれるかが一番の問題ではないかとカリンは思うのだ。




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