黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【8】



 ただ、レンファンのその行動を別の意味に取った人間もいるらしい。

「……エル、わざとらしくこっそりつけてくるな。ついてきたいなら別に構わんから出てこい」

 足を止めて後を向けば、少しの間の後、ひきつった笑みを浮かべながら青い髪のアッテラ神官が出てくる。

「あー……いやその、ちょっとな、気になったというかさ」
「ついてきたいなら最初から言え。そもそもお前、本気で俺に気づかれずに付けられると思っていたのか?」

 エルは有能だが隠密行動に向かないのは本人も分かっているところだろう。それでどうしてつけようなんて思ったのか、その方が疑問だ。

「え? いやまぁそりゃなぁ……でもほら、盛り上がってるとこならこっちに気づかないかも、とかな」
「何に盛り上がるんだ」
「う、あ、いやそれはもう、な。男と女が二人で色街に行けばそらもうアレだし、お前が手が早いのは有名だし、いや色男はうらやま……違うなーと思いつつ、カリンに言いつけてやろうかなーとかよっ」

 思っていた通りの勘違いをしていたらしい男は、作った笑みを張り付かせて言いながら近づいてくるとセイネリアの肩を軽く叩いてくる。呆れすぎて言葉を返す気もなくなったセイネリアだったが、放っておけば意味もなくだらだらとしゃべりそうだったエルの様子に仕方なく口を開いた。

「彼女が明日からでなく今夜から仕事を始めたいというからついてるんだ。目的地が娼館だからな、色街へ行って当然だろう。その手の勘違いは分かるにしても、ついて来てもいい、と言われた段階では察しろ」

 エルの口がぴたりと止まる。笑みは更にひきつっている。

「それともお前は、ついてきて一緒にヤれるとでも思っていたのか?」

 ひきつったまま固まっていたエルの顔が見ている内に赤くなっていく。
 セイネリアはその変化を冷ややかに見下ろしながら、お調子者のアッテラ神官に向けて笑って見せた。

「そんなに溜まってるならこっちについてくるより、その辺の店に入ってきていいぞ。明日から仕事だ、その前にスッキリさせとけ」

 エルの顔が真っ赤に染まる。それから彼はスイッチが入ったよう急に怒鳴ってきた。

「ば、ばっかやろ、そんな事思ってる訳ねーだろ、単にお前の日ごろの行いと噂的にだなぁっ、ついついそう思い込んで……」
「だから思い込むまではいいが、ついてきていい、という段階で違うと察するだろ。そこで察せない辺り頭の回転が遅いな」
「そら俺はお前よりは馬鹿だがな、いくらなんでも3人でなんて発想は出てくる訳ねぇっ」

 そこで、レンファンの咳払いが聞こえて、セイネリアは肩を軽く竦めて見せ、エルは気まずそうにまた引きつった顔で固まった。

「その手の下らない話はいい加減にしてもらえないだろうか。時間が勿体ない」

 話の内容に怒るより時間の方に苛立つ辺り、この女の価値観は仕事に寄っていると思えるところだ。
 だがそう言った後に彼女が少し視線を横にずらしたのを見てセイネリアは軽く眉を寄せた。

「悪かったな、まぁ少し煩いのが増えたがさっさと行くとしよう」

 言いながらレンファンに近づいていけば、すれ違うところで彼女が小さく呟いてくる。

『セイネリア、狙われているぞ』
『見えたのか?』
『人気のないところへ行けば襲ってくる』
『何人だ?』
『少なくとも5人はいる』



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