黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【9】



 セイネリアは笑う。それから後ろでまだ不満そうに顔を顰めているエルを見ると、含みのある笑みを浮かべて顎で軽く指示をして言った。

「エル、少しも我慢出来ないほど溜まってるんじゃないなら、娼館に行く前に丁度いいから彼女に一度強化術を試してもらえ」
「だっからそうじゃねぇって」
「何、感覚を見るだけだからすぐ終わる、あんたもそれでいいか?」

 まだ怒鳴っているエルから視線を外してレンファンに向ければ、彼女は明らかに不審そうな顔をして、だがそれでも了承の返事を返した。

「あぁ、私は構わない、が」
「ついでにあんたの腕も見れるしな」

 そう言って笑ってみせると、セイネリアは彼らに背を向けて歩き出す。明るいメイン通りを外れて、色街の中でも廃屋だけが並ぶ裏道の方へ。
 おそらくレンファンは意図が分かっただろうが、顔は不審そうなままそれでも黙ってついてくる。エルも急いで返事をして追いかけてきたものの……彼も一応ただそれだけでない事はどうにか察してくれたようではあった。

――この辺りでいいか。

 人の往来がある通りには簡単に声が届かない程度に奥へと行った場所、細道同士が交わって少し広くなっている場所でセイネリアは足を止めた。

「レンファン、あんたはアッテラの強化術を掛けて貰った事がないだろ?」

 聞けば彼女は辺りに警戒して視線を回しながらも、少し気まずそうに答えた。

「あぁ。一人の仕事が多かったから、な」

 やはりな、とセイネリアはまた唇に笑みを乗せる。行動と性格と能力の都合上、普段は単独での仕事ばかりだろうというのは予想通りだ。

「なら実践前に一度強化術を受けて感覚を掴んでおいた方がいい。特に術が切れた時の感覚を覚えておかないと怖くて使えないぞ、エル、まずは一段階だ」
「お、おう」

 エルは即答するもののこちらを向いて、大丈夫なのかと表情で聞いてくる。
 レンファンも周囲を気にしつつもエルの方へ近づいていく。
 セイネリアは笑みを浮かべたまま辺りの気配を探る。先ほどは人目がまだあるからかなり遠くで見ていたようで気づけなかったが、ここへ来てから確かにセイネリアも数人の気配をハッキリ感じるようになっていた。

――エーリジャがいれば対処が楽だったんだが、まぁ逆に奴がいたら人数的に襲ってこないか。

 現在セイネリアが気配で分かっているのは6人。少なくとも5人、という読み通りではあるが、リーダーか見張り役、もしくはその両方か、遠くで見ているだけの仲間がまだいる可能性は高い。なにせセイネリアの知覚出来る範囲より遠くでこちらを見ていたというなら、遠見系の術士が仲間にいると見て間違いない。
 6人は更に近づいてきて、流石にエルもレンファンも気配を察したのか表情でこちらを伺うように見て来た。

「さっさと術を掛けろ、相手役は俺がする」
「相手役?」

 エルとレンファンが同時に聞き返す。

「実際剣を振って受けてその手ごたえを見てみないと分からないだろ。だから術を掛けたら俺が相手をすると言ってるんだ」

 そうしてセイネリアが剣を抜けば、それでやっと二人はこちらの意図を察したらしい。どこか伺うような表情だった二人共の、顔つきが定まって頷いてくる。

「なら少し待ってくれ、本気の準備をしよう」

 そこでレンファンが術を掛けようとしたエルを止めて、布を顔に当てた。どうやら目隠しをしているらしいと分かって、セイネリアは笑う。

「面白いな」
「あぁ、面白いものを見せてやる。さぁ、術を掛けてくれ」

 目隠しをした女剣士は剣を抜くと両手を広げた。

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