黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【76】



 そうして、諦めて外の出口に繋がる穴を開けば、セイネリアは次々と倒れている兵士達をそこへ放り投げて行った。これで他のお気に入り達も外へ出してしまえば、『信者』から魔女が魔力を補充出来ないようにする事も出来る。魔女は残ったエサのもとに姿を現すしかなくなる。
 どうせ元からギルド側でも最悪、魔女が捕まえられなかったら魔女以外の人間を外に出して閉じ込めるという事で話は決まっていた。外にいるギルドの連中は何も言わなくても放り出された彼らを『処置』してはくれるだろう。

 彼がエサになる者だけを一か所に集めて魔女をおびき寄せると言った時には正直策としてはガバガバすぎて疑問があったが、最初からこうして『信者』を排除できると計算していたならあの大口も納得できるというものだ。

 ただ単に彼に対して読み負けを認めるのも悔しいから、最後に一つフロスは彼に聞いてみた。

『……魔法ギルドが、最悪私もあなた方も犠牲にして、魔女が音(ね)を上げるまで閉じ込める気だ、とは考えなかったのですか?』

 それに答えたセイネリアは、考える間もなく即答だった。

『ないな。俺たちも中の兵士達もそのままのエサが大量にある状況で、ただ魔女の魔力切れを待つなんて一体どれだけ時間が掛かる? これだけの兵がいるんだ、ここには元から食料や水の蓄えもそれなりにあるだろ、魔女相手にそこまで時間を使うか? それにいくら魔法使いが一般人を下に見ていてもこの人数を皆殺しは避けたい筈だ。後は……あんたは魔法ギルドでもそれなりに地位のある人間だろうからな、そこまで付き合う程暇じゃないし、あんたを見殺しなんてありえない』

 これには本当にフロスは驚いた。まさかそんな見透かされるような事を自分がしていたのかと自分の言動を思い出してみる。
 その様子をみた黒い男は、やけに楽しそうに笑って言った。

『あんたは自分の能力をまるで他の空間魔法使いに比べて劣っているかのように俺達に話したが……実際は逆だろ。穴をモノに固定して開けられる、というのは実は驚く程使い勝手がいい。なにせモノに固定した穴は魔法使いでもない第三者がいくらでも持ち歩いて移動させられて、そのせいで断魔石で遮られた先でも転送可能となる訳だ。どう考えてもただの転送術と比べて特殊能力だ。それで下っ端なんてありえないな」

 成程自分は彼の言うままに力を使いすぎてしまったかと悔いはしたが、それでも普通はそう簡単にそんな結論には至らない。最初に劣化能力だと印象付けておけば、大抵はその概念に引っ張られてそういう発想にならない。この男はそれだけ概念にとらわれずに分析する能力があるという事だろう。
 もしかしたら逆に、こちらが『ただの魔法使いではない』と思ったからこそ、結界を抜ける事も出来ると確信したのかもしれない。
 それにしても本当に……魔力が殆どなくて魔法の知識だってない筈なのに、憶測だけでその結論を出せるのは恐ろしいとしか言いようがなかった。これは馬鹿にしたままでいたら必ず足元を掬われる。

 フロスは今度こそ本当にこの男への認識を改めた。これは絶対に敵に回してはいけない。へたにこちらの思う通りに動かそうなんて思ってはいけない人物だと結論付けた。

「本当に恐ろしい男です。だからこそ確かにあれはイレギュラーなのでしょう。そして……我々とは違う考え方が出来るあの男なら、我々が長くかかって成し遂げられなかった事を成し遂げるきっかけをくれるかもしれません」

 ともかく今はまだその時ではない。焦って今彼にこちらから働きかける事は逆効果にしかならないだろう。
 いつかきっと、彼はこちらにつくか、それとも別の道を取るか決定しなくてはならない時がくる。承認者ケサランのいう通り、その時まではまだ彼は放って置いた方がいい――と収集者フロスはその結論をギルドに提出する事に決めた。




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