黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【77】



 乾杯、とエルが笑顔で杯を掲げて、それに呼応して皆も杯をその場で掲げて口を付ける。今回の仕事では何度も世話になった酒場で、セイネリア達は仕事終了を祝って打ち上げをしている最中だった。
 今は夕方の一番混んでいる時間だから、周りもそれぞれ騒いでいてこちらが目立つ事もない。エルが大声で笑って豪快に酒を飲む。レンファンも負けじと酒を一気に煽って、周りが驚く。カリンはもとから酒はあまり飲まない。『犬』として飲めるように訓練はされたそうだが好んで飲む習慣がないからだろう。エーリジャはきちんと自制しているらしく、他人を盛り上げる為に騒ぎはするが酒はちびちびと飲んでいた。

 だが今、ここにいる人数は6人、仕事の打ち上げとしては一人足りない。そのいない一人が魔法使いフロスで――まぁ、あの話の後で呑気に顔を出せる筈はないなとセイネリアは意味深な笑みを口元に浮かべた。

「あーそういや、聞こうと思ってたんだがよ、なんであそこの連中を集める時に女は除外だったんだ? 女は全員『お気に入り』って訳じゃなかったんだろ?」
「あぁ、だがあそこにいた女は全員男の『お気に入り』と同じ扱いだったろ?」

 レンファンを見ながらそう言えば、唐突に話を振られたせいで一瞬戸惑ったものの彼女は頷いて答えた。

「確かに、扱いとしてははそうだったな」
「理由は単純だ、あの魔女は男が嫌いだったのさ」

 そこで皆、口を開けたまま固まって沈黙が降りる。だが暫くして。

「はぁぁあ??」

 エルが大声でそう声を出した事で皆が動き出す。困惑した顔で顔を見合わせている連中に向けて、セイネリアは澄ました顔で酒を呷り、口を拭った。

「考えて見ろ、あれだけ自分の美貌に拘ってて自信があったら、あの状況で男嫌いでもなければ好みの男をはべらかせているだろ? なのに男のお気に入りは道具としては使ってやるが自分の傍に置きはしない、女は別にお気に入りじゃなくても手間を掛けた暗示でわざわざ使ってやる。男のお気に入りに暗示をしないのは、いつでも切り捨てる気があったからだろ。まぁあの女にとってあくまで男は『駒』で、役に立つお気に入り以外は人間扱いさえしてなかったんだろうよ」
「成程、まぁ……そう、だな」

 相槌を打ったのはレンファン、彼女がそういうなら確定だろう。

「だから女は余程でなければエサにはしない。実際死体の山の中に女は殆どいなかった」

 だがそこで、エルが身を乗り出して怒鳴ってくる。

「いやでもあの女は砦の連中と寝てたんだろ? 男嫌いで寝るかぁ普通」
「あの女にとって、男に鼻の下を伸ばさせるのも寝るのも、男を見下すための手段だったんじゃないか?」

 エルはそこで思い切り顔を顰める。

「とんでもねぇ性格の悪さだな」
「そんなの見てすぐ分かるだろ」

 恐らくあの魔女は男に対してコンプレックスのようなモノがあったのだろう。かつて酷く見下されたような事でもあったか、男をライバル視して悉く負けでもしたか。美貌にやたらと拘るのも、かつては見た目で馬鹿にされた過去があるのかもしれない。……どちらにしろ、魔法使いのくせに俗物すぎてやけに人間臭いじゃないかとセイネリアは思う。ある意味フロスをはじめとする魔法ギルドの連中よりも好感が持てるくらいだ。

「まぁ性格も頭も悪いが、やけに人間臭い魔女だったのは確かだな。同情などしてやる気はさらさらないが、魔女だから厄介な事態になっただけで中身はそのヘンのどこにでもいそうなちょっと高飛車なヒステリー婆さんだ」

 中身だけで言うなら、感情が壊れている自分よりも余程マトモな人間だったのかもしれない。お気に入りの女達まで若さを保ってやろうとするなんて、魔法使いらしくない非合理的な人の良さに呆れるくらいだ。
 そう思うだけあって、あの愚かな老女に対してはセイネリアは怒りも何も感じなかった。ただやった事に対してはどれだけ酷い目にあってもいいと思うから、同情心などこれっぽっちもなかったが。
 セイネリアが酒の色を眺めながら自嘲を浮かべていれば、レンファンが呟くように言ってくる。

「あの魔女が娼婦達に慕われていたのは暗示の所為だけじゃない、と思う。あの女は娼婦達の境遇を聞いては一人一人にそれぞれ望む言葉を与えていた。暗示などなくても本心から心酔していた者は多かっただろう」

 レンファンの言葉に、セイネリアは顔を上げた。彼女は目を細めて遠くを見つめていた。

「私も……実を言えば少しぐらついた。魔女は私に言ったんだ『私に全てを託すと誓ってくれるならお気に入りにしてあげる、貴女が欲しかった能力、転送術を使えるようしてあげるわ』と」

 確かに、魔女の力を信者に分ける事が出来るのなら、基本は空間系魔法使いであるらしいあの魔女ならそれは可能だったろうとセイネリアは思う。

「よく断ったな」

 笑って言えば、レンファンは苦笑する。

「もっと若い頃だったら怪しかったが、今更だ。もう……自分の力内で出来るだけの事をして皆を見返してやると決めた後だからな、今さら『望んでいた自分の姿』を追おうとは思わない」

 セイネリアはそれで笑みを深くする。

「そうか……思った通りお前は『イイ女』だな」

 そこでまた一瞬皆の間に沈黙が降りる。それから今度は一斉に皆が大声で騒ぎだす。レンファンは顔を真っ赤にして顔を振りながら何か呟き出し、エルは喧嘩腰で文句を言ってきて、エーリジャは引きつった笑顔でねちねちと小言を言い始めた。カリンは黙ってはいたがじっとこちらを見つめていて、その空気の面倒臭さにセイネリアは自分の発言に舌うちをする事になった。




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