黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【73】



 とりあえず、これで仕事自体は無事終了となったものの今回の件については少々腹に溜めているものがあったため、魔女を引き渡した後の交渉でまず、セイネリアはエル達だけを先に首都に送らせるようにフロスに言った。
 それは向うもある程度は予測していた言葉だったらしく、フロスも、魔法ギルドの者も、文句を言わず二つ返事で了承を返してきた。

「俺はちょっと今回の仕事について最後に文句を言っておきたいだけだ。話だけだからな、そんな掛からないさ。お前達は先に例の酒場でも行っててくれ」

 自分も残ると言ったエルとカリンにはそう告げて、首都へ向かう彼らをセイネリアは送り出した。魔女を連れて先にギルドへ戻ると言った魔法ギルドの連中もそれに続く。そうして――フロスと、多少地位のありそうな魔法使い数人だけが残れば、彼らを明らかに睨んで、だが声だけは割合軽口になるようにしてセイネリアは言った。

「で、俺に魔女を見せた貴様らの目的はなんだ?」

 魔法使い達は表情を変えなかった。だがしらを切る気もなかったようで、暫くの沈黙の後、フロスが答えた。

「そうですね――まず私は、魔槍の主である貴方はきちんと我々の知識を得るべきだと思っています。今回は、もし知った場合貴方がどう反応するか試した、と言ったところでしょうか」

 今回の仕事だが、どうにもセイネリアはフロスが自分に魔女とはどういうものか見せたがっている、というか、魔法ギルドの秘密を教えたがっていたように感じた。だからフロスの返答は思った通りではある。

「それで、あんたらが一般に教えられるぎりぎりのモノを見せた、という訳か」
「えぇ、魔女の事は……反応によっては記憶消去もあり得るくらいのぎりぎりでしたが」

 それをセイネリアは馬鹿にするように鼻で笑う。あぁ本当に魔法使いというのは胸糞が悪い連中だと改めて思いながら、更に瞳を険悪に細めて口元を歪めた。

「反応によっては、か」

 なら、仕事自体も、こちらの反応によっては途中で終いにするつもりもあったのだろう。最悪、記憶消去で仕事自体をなかったことにする可能性さえあったという事だ。本当に、やはり魔法使いは大嫌いだとセイネリアは改めて思う。

「えぇ、アレを知って魔法使いの恐怖を訴えて広めまくるような輩だったら……記憶操作せざる得ませんでした。その点では貴方の仲間も皆さんとても話の分かる方で良かったです」

 セイネリア以外の連中も魔女が人の命を吸うというところまでは知ってしまったが、別れ際に今回の仕事については他言しないという魔法ギルドからの依頼を皆了承していた。勿論セイネリアも言って回る気などない。
 とはいえ、嫌味の一つは言っておきたくなる。

「今回の魔女の所業は、そうされても仕方ないと思うが?」
「ですから我々自身で禁止して……こうして処理しているんですよ」

 思った通り、フロス以下魔法使い達はそれに苦々しい顔をした。彼らもあの手の魔女の処理には相当に苦労しているというところだろう。

 それにしても――魔法使いは人間から命を吸い取ることで長生きしている――そんな事が世の中に知れたら、馬鹿が声高に魔法使いへの恐怖を訴えて回る事は疑いない。それでもこれが魔法使いの絶対の秘密ではなくぎりぎり話せる内に分類されているのは、恐らくはその禁忌を犯した魔女を捕まえる為、協力を仰ぐためにも政府側は既に知っている事だからだろう。さすがにこれだけの事を知らずに国の上層部が魔法使いと組んでいるとは思えない。知らないのは一般人だけという事だ。

 魔法使いが他国では迫害されているのはそれだけの理由があるからだ。
 魔法使い側が自制しないのなら、人間は確かに自分を守るために彼らを殺して回るしかないのだろうとセイネリアは思う。この国の繁栄はなかなかに危ういバランスの中で成り立っているらしい。




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