黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【72】



 分かっていてもいつもながら頭の回り過ぎる男の言葉に、あぁ成程成程……と半分悟った気分で聞いていたエルだったが、はたと気づいて思わずつっこむ。

「いやだから何でそれで俺確定なんだよ!」

 怒鳴っても、黒い男は笑みさえ浮かべてさらりと当然のように言ってくれる。

「あぁ、女は出来たらエサにはしたくない。惨めな死体になるのは男にしたい――となったら、俺は一度誘惑に失敗しているし、エーリジャは靡かないし、実際魔女に見惚れたお前ならどうにでもなると目を付けて当然だろ。あとレンファンにも予知をしてもらった、条件が絞られている所為か割とハッキリ見えたそうだぞ」

 そこまでされたらこちらで確定なのはいいとして、セイネリアの言い様には怒ってもいいだろう。否定は出来ない分。

「あーぁー悪かったですねぇ、どうにでもなりそうな軽い男でよ。……ってか、もし間に合わなくて俺が魔女の捕虜になってたらどうする気だったんだ!」
「それも問題ないだろ、お前は引かれ石を持ってる、お前の居場所なら探せるからな」
「あー……」

 それは素直に彼の先読み能力に感心する。そこまで考えて囮にしたというなら、まぁ仕方ないといってやってもいいか……とエルが思いかけたところで、セイネリアは人の悪そうな笑みを浮かべた。

「まぁ吸い殺される前に助けだせなければどのみちアウトだったけどな」

 あぁやっぱりこいつってそういう奴だよなと思いつつ、結果的に文句は言えないのだから頭を押さえて大きくため息をつくだけで終わりにした。
 ただあともう一つだけ、一応聞きたい事があった。

「……てかさ、もしかしてその槍をこの部屋に放置してたのも……最初から狙ってたのか?」

 であるなら、魔槍をこんなところにお気楽に捨て置いていたのも分かる。
 エルに触れた後……セイネリアが出てくる前に、魔女は何かに驚いていた。見ていた先がセイネリアの魔槍があった筈の方向でその槍が今彼の手にあるところからして、それを呼んで魔女の気を逸らしたのだというのは分かる。

「あぁ……いや、槍を置いていったのは単純に邪魔だったからだ。ただ後で考えて使えるなと思ったから使っただけだ」

 流石にそこまで全部先読みしていた……という訳じゃないというのには少しほっとしたような気もしたが、魔槍は気楽に放置していっただけだというのが分かればやっぱり呆れる。思慮深いのか、豪快なのか、エルにはこの男が分からないのはそのままで……ただ利用できるものはなんでも利用する、というそのやり方には改めてすごい奴だと思ったりもしていた。
 それでぽん、と件の男に背中を叩かれて、エルは思わず彼の顔を見る。……と同時に下で悲鳴が上がって、エルの視線は即座に彼の足元に向く事になった。

「今回は随分お前に仕事を押し付けたからな、報酬は多目にやるぞ」

 見れば床に這いつくばっている魔女の背にセイネリアの足が乗って踏みつけている。どうやらこっそり逃げようと這い出した魔女を足で押さえつけたらしい。
 魔女とはいえ、外見だけなら美しい女が真っ黒のデカい男に踏みつけられている姿はやたらと痛々しくて、エルはまた軽くため息を吐きながら視線を逸らした。

「別に、特別俺が働いたなんて思っちゃいねぇ。まぁ報酬に関しちゃお前が一番多く持ってけよ、その権利はあるし誰も文句いわねーからよ」

 なにせ少なくともこんな無茶な仕事、この男がいなかったら全員無事で終われたとは到底思えない。エルは思って、この男とこのままずっと組んでいれば、本気で寿命が縮むなと慣れ過ぎたため息を吐いた。





 その後は魔女を拘束して、一応暗示も使えないように口に布を噛ませてからセイネリアとエルは壁の穴から皆のもとへ戻った。その時点で結界が解除されたとフロスが言ったから、そのまま彼が開いた穴を使って彼らは全員地上へ出た。
 後は外で待っていた魔法ギルドの連中に魔女を引き渡して、セイネリアが魔法ギルドから依頼された仕事としては終了となった。

 とはいえ、あの高台の時のように後始末には相当の魔法使い達が来ていて、彼らは転送で飛び回りながらも倒した兵の回収作業や敷地内の調査をしていた。規模を考えれば高台の時とはけた違いだから、いくら魔法ギルドでもこれの対処は困るに違いない。特に、魔女の殺したあの死体の山の処理と、大量の操られていた兵達、そしてここが領主の持ち物であるなら、その領主をどうするか。正気で魔女と手を組んでいただけとしても、操られて領内を好き勝手にされていただけとしても、領主の交代は避けられないだろう。いくら魔法ギルドでも、証拠を隠滅して有耶無耶にするだけで丸く収めるのが無理なのは確実だ。

 ただどちらにしろ、それは魔法ギルド側の仕事で、セイネリアが受けた仕事の範囲ではない。せいぜいうまく収めてみせてくれ――と敷地内でわらわら動いている杖を持った彼らに冷たい視線を投げた。




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