黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【66】



 何を考えているのか――魔法使いナリアーデは考える。
 どうやら信者の目から見えたところでは、彼らは転送路を開けてそこへ片端から兵士達を送っているらしい。ならばおそらく、あの男は兵士達を一か所に集めようとしているのではないだろうか。
 だが集める意図はなんだと、そう考えて彼女は彼らの行動を観察していた。どれだけ倒されても次の信者に視点を切り替えて、彼女は忙しくあの黒い男と、その仲間達の様子を見て考えていた。
 そうして彼らがわざと彼女の『お気に入り』だけを集めていない事が分かって彼女は理解する。

「あぁつまり、魔力を吸うためだけの連中をあつめて私をおびき寄せようとしているわけね」

 どうやらあの男は、たとえ信者からは好きに吸えるとしても、彼女が『お気に入り』達からは命を吸っていないという事に気づいたらしい。彼女が命を貰うのは捨て駒からだけ、ならばその捨て駒を集めてしまえば力を吸えなくなる――そう考えたのだろう。

「あらぁ、なかなか頭が回るじゃない。でも浅はかだわ」

 信者の中にも捨て駒はいるし、そもそもここにいる捨て駒全員を一人残らず集めるのは転送が使える魔法使いが共にいてもそう簡単な事ではない。しかもこちらは今すぐ吸わないと生きていけないという程切羽詰まっている訳ではないのだ。

「本当に、所詮男なんて単純にしか考えられない生き物ね」

 また一人、視界を共有していたお気に入りが倒されて彼らの姿を見れなくなったが、移動していないのが分かれば彼女としては問題ない。まだ残っている信者はいる、まだ魔力も問題ない。魔女にはまだ余裕があった。





 正直なところ、レンファンは楽しくなっていた。
 敵の攻撃を躱して背中から蹴りを入れる。
 無様な悲鳴を上げて男は穴へと落ちて行く。
 いつも通り本物の視界を目隠しで閉じて頭の中に浮かぶ一瞬先の映像に合わせて動けば、敵は笑える程あっさりこちらの予知通りに穴へと落ちていく。

 地上に出る前にセイネリアは皆に、操られている者達について彼から見て分かっている事をいくつか話してくれていた。それによると強制で操られている連中は自分の意志と判断で即座に動いていないから、どうしても微妙に動きが遅れるという。あとは走っても全力疾走はしてこない、こちらを一度見失うと見つけるまではのんびりうろうろするだけだ……等、確かにあの男は戦うにしてもただ強いだけでなくよく敵を観察している。力や技能以前に、それこそがあの男の一番怖いところなのかもしれない。

 ともかくあの男にまた驚いたのはあるが、彼女にとってその情報はとてもありがたかった。なにせレンファンの戦い方は予知した敵の動きに対応するものである、操られている人間が普通の兵士より僅かに遅れるのが最初から分かっていれば、予知から対応までにそれだけ余裕が持てる。しかもどうやら彼らに出る遅れは行動確定から動作までの間に発生するらしく、彼女からすれば先読みを事前事前に積み上げていって準備してからでも余裕で間に合う。
 笑えるくらいに分かり切った動きの人形達を倒す作業は全てが思い通りになる感覚を味わえて、正直自分でも調子に乗り過ぎているという自覚があるくらいだった。

「この女がぁっ」

 それでも時折、マトモに動いている人間もいるから注意はしなくてはならない。操り人形にまでせず、交渉か意識暗示で魔女に従っているお気に入り達は自分の意志を奪われている訳じゃない。彼らの攻撃は人形達と違って本物の実戦の動きだ。集中しないと反応が遅れる。
 それでも、左右や背後を気にしなくていいから怖さはない。一気に来た連中はエルがまず足止めしてくれるし、回り込もうとする者がいればカリンがどうにかしてくれる。飛び道具の類はエーリジャがすぐに対応してくれるし、戦闘中は穴の位置を気にするくらいで後は自分が受け持つ敵にただ集中すれば良かった。





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