黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【67】


 お気に入りだけあって、相手は流石に雑魚ではなかった。レンファンがやたらと避けまくるからか、大振りをやめて剣の振りをコンパクトにして速さを上げてくる。そうして、こちらが避けるのに必死になって押され出したのをみれば一気に薙ぎ払おうと大きく踏み込んでくる。
 だが、それも予知通りで、そもそもレンファンはそれを待っていた。
 剣を受け、それを下から掬い上げるように大きく弾く。
 女だと思ってこちらを侮っていた男は、体毎剣を弾かれて警戒するように一度大きく離れた。いつもならこんな芸当は出来ないが、先ほどエルから強化を一段掛けて貰っている。少なくとも今は、女の非力な剣と馬鹿にされる状態ではない。

「くそぉっ、裏切り者がぁっ」

 再び、今度は剣を前にして突進してきた男に、レンファンはその剣の少し下を狙って蹴りを入れた。自分の勢いと蹴りの力で腹を叩かれた男は呻いた後に膝を折る。そこに追い打ちとして兜(ヘルム)の上から剣を叩きつければ男は完全に地面に倒れた。
 それからちらと、レンファンは目隠しをずらして倒れた男を見る――あぁやはり見た顔だ。裏切者と言って来たからそうだろうと思ったが、数少ないこちらと面識のある『お気に入り』だったなんて皮肉の効いた偶然だ。

――最初から魔女になんてついていないんだがな。

 だから裏切ったのではない、と呟いてから苦笑して目隠しを戻し剣を構えなおす。一度敵は途切れていたが、再び次の一団がやってきていた。少し乱れた息を整え、口角を楽し気にあげて彼女は意識を予知に集中させた。





 カリンは自分の役割をよく承知していた。
 使っている武器の性質上、正面から敵と対峙するような事はしない。敵にはまずエルがぶつかり、レンファンがそこからこぼれた連中を相手する。カリンの仕事は二人のフォローだ。彼らに不意の攻撃がいかないように注意して敵の数をコントロールしていく。
 左手に軽い丸盾を持ったカリンは、接近した敵は基本それで防いで殴る。どうしても剣を受ける必要がある場合用に短剣を持つこともあるが、右手は基本棟適用のナイフを持って、それを投げてエルやレンファンの後ろに回り込もうとする敵の足止めをしていた。
 一応正規の兵士だけあって、鎖帷子を着た彼らの胴にナイフを投げる意味は薄い。ただ全身甲冑(プレートアーマー)の騎士とは違って、腕や足にはいくらでも装備の隙間がある。そこへ向かって正確に投げる事は、ボーセリングの犬として長く訓練してきた事だ。

 どんな時も冷静に、劣勢であっても焦ってはいけない。
 それを可能とする為に、死への恐怖の克服をするのが『犬』として認められる第一歩だった。カリンも当然それを克服した筈だが、それでも今はそれだけで『常に冷静』でいられる訳ではないと知っている。
 本当に常に冷静というのは今の主であるあの男みたいであるべきで、まだ彼女にはあの域までは無理だという思いがある。

「くっそ、まだいんのかよっ」

 また新手の一団がこちらへ向かってきてエルが毒づく。彼は既に3度以上強化を入れ直していた。いくら1段階だと言っても体力の消耗は激しい筈で、出来れば休ませるべきだと思う。
 おそらくそれを分かっているエーリジャも、エルに向かう敵を優先的に減らすように援護しているがそれでも彼の負担は大きい。折角敵が途切れても、敵が自分から簡単に穴に落ちてくれなくなった事で倒れた連中を持ち上げて穴に放り投げる作業もある。それで休む時間がなくなるし、その作業自体も体力に響いていると思われた。

「うっぜぇ、さっさと終われっ」

 エルは疲れてくると口数が多くなる。本当に厳しい時は声も出なくはなるが、そろそろ限界が近づいている証拠だろう。息が上がっているし、腕の動きもかなり大ざっぱになっている。
 だがそうしてまた、一度に3人を長棒で薙ぎ払ったエルは、そこで棒を立てて息を整えた後に顔を上げて一瞬止まる。
 カリンも彼が見ている視線の先を見て一瞬だけ止まり、それから笑った。

「おっせぇよ」

 笑いながらエルが言って武器を構えなおす。その姿には力があった。

 敵達がやってきたその先では、見間違えるはずがない背の高い黒い男が大きな板を持って兵士を薙ぎ払っては消していた。





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