黒 の 主 〜冒険者の章・六〜 【64】 建物の影から顔を出して、こちらに突っ込んでこようとする一団を見つけてセイネリアはそいつらのもとへ向かう。 矢の音を背後にいくつか聞き、だが敵と接触すれば矢はもう飛んではこない。矢が使えるのは敵と味方が接触するまでというのはお約束だ、動いて戦っている敵と味方がいて、敵だけを狙い撃つなんていう芸当はそれこそエーリジャのような名手が『正気』で狙うという条件でなければ選択肢にも入らない。 それでも一応、立ち止まらないように注意はする。 ただすぐに他から来た兵達も集まってきて、それも気にする必要はなくなるが。 ――だがそろそろ、襲ってくる連中も打ち止めか。 今現在セイネリアの周りに集まってきている連中の、その後ろからはもう新しい敵が湧いてはいない。建物の反対側の方に見える兵達はこちらではなく中庭にいるエル達の方へ向かっているし、ここにいる連中とあの見張り台の兵を倒せばとりあえず外の人間はあらかた終わりかとセイネリアは思う。 一気に囲まれたから、マントを大きく広げながら一周回って敵を払い退け、しゃがむと同時に三人程の足を引っかけて転ばせる。それでも流石にそいつらをすぐ穴に落とす程の余裕はないから、まずは倒れた連中を踏みつけて一度包囲から逃れる。 当然敵は固まって追いかけてくるから、今度は穴が空いている面を上にして扉を彼らに向けて投げつけた。 扉は連中にぶつかって地面に落ちる。その上に数人、ぶつかった衝撃で倒れれば、そいつらはそのまま穴の中に落ちていく。慌てて他の連中は扉から離れるが、その時には既にセイネリアが傍まで走り込んでいて、抜いた両手剣で鎧の上から一気に背中をぶっ叩いて前に倒した。 ――あと四人。 先ほど足を引っかけた三人の内、二人は倒れたまま動かないから暗示が切れた場合の気絶スイッチが入ってくれたのだろう。だから実質残りは二人、斬りつけてきた相手を剣で受けて、そのまま力まかせに扉が落ちている方向に向けて振り払えばそいつも倒れてそのまま穴に落ちた。 そして最後の一人は……。 背後で悲鳴が上がる。 気配でいるのは分かっていたが、一瞬何が起こったとは思う。 振り向けばどうやら、セイネリアに斬りかかろうとして後ろへ回った男は、丁度そのタイミングできた味方の矢に当たってしまったらしい。他人事ながら、馬鹿な射手に呆れながらもセイネリアは矢を受けた男を蹴って穴に落とした。 ――放っておいても死ぬ怪我ではないだろ。 殺しまくると後が面倒そうだから出来るだけ生かしてやるつもりだが、絶対に殺さないと誓っている訳でもない。あの程度の矢傷で死ぬ事はないだろうが、死んだら死んだで運が悪かっただけの話だ。 味方を撃った事で慎重になったのか、すぐに次の矢がこない内にセイネリアは扉を持ち上げて木の影に入った。倒れたままの二人の回収は後にして、見張り台の連中を先にどうにかした方がいいと考える。ただ、ここから見張り台までは近づくとなればどうしても矢の前に姿を晒さなくてはならない、穴の先にいる連中が怪我するのを承知で扉を盾にしてすすめばいいかと思ったが――もっといい手があるなとセイネリアは剣を腰に戻すと倒れた男の一人のもとへ向かった。 勿論矢は飛んできたが、少しの間だからここは扉を盾にする。運が悪ければ穴の先で2,3人怪我をするだろうがセイネリアにとってはどうでもいい話だ。 倒れている男の首根っこを掴んで持ち上げる。扉を下して、代わりに持ち上げた男の体をそのまま盾にして歩きだす。 「さすがにこれで撃ってくる程馬鹿じゃないか」 矢は飛んでこなかった。 セイネリアは男を前に突き出しながら、見張り小屋へ向かって走る。そうしてその下まで来てから、革袋から取り出していた光石を小屋に向かって投げた。 ――二人なら構わないだろ。 頭上で、悲鳴が上がる。 そのままばたりと射手二人は倒れたから、どうやら彼らも衝撃で倒れるタイプの暗示だったらしい。発狂して更に暴れ出したところで二人ならどうにでもなるとは思ったが、どうにもここの兵は殆ど衝撃を受けたら倒れるだけの連中ばかりなようで少し慎重になりすぎたかとも思う。 とはいえ、光石で皆が一気に寝てくれるとは限らないから、結局地道に穴に落としていくしかないが。どうせ昼間だと目の前で使わない限り石の効果も薄い。 「さて、後は回収作業か」 盾代わりにしていた兵を扉の穴に放り投げて、セイネリアは息をついた。 --------------------------------------------- |