黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【63】



 魔女にこちらが見えているのはほぼ間違いない。会話や姿まで全部が筒抜けかはわからないが、少なくともこちらの居場所は見えている。移動後にその近くにいた兵士達が集まって襲ってくるのを考えればそこは確定でいいだろう。
 だからきっと、地上へ出てこちらが準備をしている間に魔女はあの場所に兵士を向かわせた筈だった。
 ただし、地下と違ってここは広い、上手く全員がこちらに向かってきてくれるとは限らない。

 エル達と別れた後、建物の裏手へ向かったセイネリアは、早速先ほどまでいた場所を目指しているらしき兵達と会った。向うとしては敵はもっと先にいると思っていただろうから、出会いがしらですぐ対応が出来ず動作が何重にも遅れる。
 それでも一応はセイネリアの姿を見て慌てて向かってくるもののこちらとしては全く脅威ではなく、走ってきた男をそのまま持っていた扉で殴った。

「うわぁっ……ぁぁぁ」

 とはいえ、殴ったとはいってもそれは見かけ上の話だ。実際セイネリアには殴った手ごたえなぞまったくない。当然だ、扉に設置された穴に体が半分も入れば、後は重力で勝手に中に落ちてくれる。最初の一人がこちらの持っている扉――奴らにはバカでかい盾でも持っているように見えるだろうが――に吸い込まれるようにして消えれば、流石に操り人形とはいえ、兵士達は一度足を止めた。

――だがやはり反応が遅い。

 立ち止まったその隙に、前にいた二人を殴りつけるようにしてそのまま穴に落とす。
 あの地下の連中の相手をして分かった事だが、操られている連中はどうしても反応が遅れる。操られているせいで頭で考える部分が阻害されているのか、見た情報と思考の間に暗示というクッションが入るせいなのか、ともかく咄嗟の判断と行動が遅れるから兵士としてはかなりの劣化だ。

 それでも流石にいつまでもただ突っ立っていてくれる訳はない。
 次の二人は正面を避けて両脇からからやってきたから、左はそのまま扉を横にぶつけてふっ飛ばし、右は剣を受けてから足を引っかけて転ばせたところを扉の面側で受け止めた。それからふっ飛ばされたまま尻もちをついていた男のところへいって、上から扉をかぶせてやればそいつも穴へ落ちていく。これで五人、とりあえず最初に会った一団は片付いた。

「こっちだ、こっちにもいるぞ」

 いいながら仲間を呼ぶ兵を見て、セイネリアは走る。その男は急につっこんできたセイネリアに明らかに怯えた顔をしたから、扉で強く殴ってふっ飛ばした。こいつは恐らく魔女の『お気に入り』だ、回収する必要はない。
 覚悟の上だが、建物の影から出れば周囲にいた連中が一斉に襲ってくる。
 なにせ、この男が声を上げた直後だ、左右から集まってくる連中にさてどうするかと考えてから、一度後ろへ引いて建物脇の通路に戻った。そうすれば連中は一気にそこへ押し寄せてくるから、扉を前に出して向うに突っ込んでいくだけでいい。

「うわぁっ」
「ぎゃぁああっ」

 操り人形でも悲鳴は上げるもので、立ち止まりたくても後ろから押されて次々兵士達は扉の穴に落ちていく。さすがに一度に複数人が落ちる時は足やら腕が引っかかって持っている方にも重さが掛かるが、セイネリアにとっては重いという程ではない。
 ぎりぎりで立ち止まった者は足をひっかけ、横に回って逃げようとしたものは剣の柄や扉の角で殴り、もしくは蹴りを入れて、よろけたら扉の面を押し付ければ後は落ちていく。操られた連中は思考が遅れるから状況に対応しきれず面白いように扉の穴に落ちる。しかも地下の時と同じく連中は走るにしても大して急ぎはしないから、囲まれそうになったら一度後ろへ走れば仕切り直しも出来る。最悪、こちらだけで対処出来ない数になったら、一気に皆の元へまで戻って穴に落とすという手もあった。
 そうしてそこだけで穴に落とした人数が九人を数えたところで、一度敵が途切れてセイネリアは再び建物横からひらけた場所に出た。
 そして直後、建物の影に隠れた。

「――ッ、弓がいるのか」

 隠れたと同時に矢が地面に刺さる。その刺さった矢の角度を見て視線で辿れば、塀沿いにある見張り台に弓を持った兵が二人見えた。

「厄介だな」

――あの位置にいる連中を回収にいくのは。

 考えたのはそれだけで、別に脅威だとは思わない。
 理由は簡単だ。

「わぁっ」

 建物の影に入ったセイネリアに斬りかかろうとしてきた馬鹿の剣を盾で受けるように扉で受ければ、剣はそのまま穴に吸い込まれ、焦った男も勢い余って体ごと落ちた。

「操り人形は連携も取れない」

 それが一番の劣化だな、とセイネリアは心で呟いた。



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