黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【62】



 地上に出て最初にセイネリアがした指示は、魔法使いフロスに向かって地面に穴を開けろと言う事だった。

「穴の出口はさっきの魔女の倉庫だ。荷物のある場所に落ちるようにその辺りの天井へ繋げろ。それなら落ちても死にはしないだろうし、ここにいる全員を押し込んでも入るだろ」
「ですがあそこのものは……」
「人命優先だ、今まで見た中ではあそこが一番条件がいい」

 魔法使いはそれに了承は返したものの、明らかに嫌々という顔をしていた。
 セイネリアの笑みはまさに相手に脅しを掛ける時のソレだから、なにか魔法使いが嫌がるような意図もあるのだろうとエルは思った。
 フロスがすぐに穴を開ける作業に入ったのを見ると、今度はセイネリアはこちらを向いて口を開く。

「そういう事で、お前達は来た連中をここの穴に片端から落とせばいい」

 成程ね、と思いつつ、エルはすかさず聞き返した。

「ほいほい、んでお前は?」

 セイネリアは返事の代わりに口元を軽く歪めてみせると、突然、傍にあった庭師の物置らしきものの扉を蹴った。どかん、と大きな音が周囲に響いてエルは思わず肩を竦める。セイネリアは構わずもう一度を扉を蹴る。一回目で掛けてあった錠前が跳ね飛んで扉が開き、二回目で左右の扉の片方が外れ掛けた。

「おいっ何やってんだ?!」

 エルが怒鳴っても、セイネリアは涼しい顔で外れ掛けた扉の片方を掴んで更に引っ張っていた。このクソ馬鹿力め――と思うしかないが、最後の抵抗のように残っていた金具もすぐに捩じれて吹っ飛び、扉はあっさりと外れる。セイネリアはまるでその重さと大きさを確認するように暫く持って眺めると、無造作にそれを魔法使いの前に投げた。

「フロス、もう一つの穴はそれに空けてくれ。転送先はそこの穴と同じでいい。あぁ、完全に同じがだめなら少しずらせ、ともかく同じ部屋だ。俺はこれを持ってこぼれた連中を回収にいく、急げ」

 急げと言われたのもあるのか、フロスは少し不機嫌な顔をしながらも地面の穴が終わってすぐに今度は外した扉に杖の先を置いた。そうしているうちにまたどん、と音がしたからセイネリアを見れば、彼は残ったもう片方の扉も外すとそれを今度はこちらに向けて放り投げた。

「ついでだ、矢避けにでも使え」

 ちなみに言わせて貰うと、この扉はそんなヤワなシロモノじゃない。材木を鉄で繋げて補強しているタイプの頑丈な扉だから、普通こんな簡単に壊れるものじゃない筈だ。大きさだってエルの身長くらいある。
 だがその間に穴を開け終わった方の扉をセイネリアは持ち上げると、まるでデカイ盾のように片手で持ってもう片手に短剣――といっても剣身は子供の腕の長さくらいはあるが――を抜いた。
 それを見て、エルもこちらに投げられたもう片方の扉を持ち上げてみたのだが……持ち上がりはするが当然重くて、だから地面に置いて立てて支えるだけにした。

「ったく、化け物め」

 黒い男の背を見ながら、エルは呆れつつも笑うしかない。

「くるぞっ」

 レンファンの声にエルは振り向く。
 セイネリアの去った方向とは逆、門のある方から僅かに足音が聞こえてくる。エーリジャは既に弓を構え、カリンやレンファンはそれぞれ武器を抜いて様子を見ていた。

「おい、魔法使い様よ」

 言えば、セイネリアをまだ見ていた魔法使いが急いでこちらを向いたから、エルは嫌味なほどの笑みを浮かべてみせた。

「あんたでも、これ支えるくらいなら出来ンだろ。頼んだぜ」

 そうして有無を言わさず扉を彼の前に置いて魔法使いに渡すと、エルは一度思い切り背を伸ばしてから長棒を背から抜いた。

「さぁって、とりあえず強化欲しくなったらいつでもいってくれよ」

 エルが穴を飛び越して前に出る。カリンとレンファンもすぐに続く。なんだ両手に花じゃねぇかと思いながら、エルは見えて来た兵士を迎え撃つため強化術を自分に掛けた。





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