黒 の 主 〜冒険者の章・六〜 【61】 「分かっていますか? 地上には警備兵が一番多く配置されています。出て行けばそれに一斉に襲われますよ」 地上へ行く、と言った途端真っ先にそう異を唱えてきたのは魔法使いだった。今まで大人しくこちらの言う事に従って来た彼が言うのだから、彼が言った通り地上には相当数の警備兵がいるのだろう。 「あぁ、だから行くのさ」 「どういう事です?」 面白い事に、魔法使い以外の者達はそれに何も言ってこない。随分信用されたものだと他人事のように思いつつ、魔法使いにというより黙ってこちらを見ている面々に向かってセイネリアは言う。 「結界の中にいる人間を一か所に集める。ただ、女達と、ちゃんと自分の意志で動いてそうな人間は除外していい」 「……あぁつまり……魔女の養分連中を集めておびき出すって事かな」 それだけでピンときたらしいエーリジャの言葉に、セイネリアは笑ってみせる。 「そういう事だ。周りのエサを排除してからエサで釣るのは狩りでは常套手段だろ」 「……まったくだね」 魔女を動物扱いしたのが可笑しかったのか、エーリジャはそこで楽しそうにクスクスと声を漏らした。 「だが女と……意志がある者はいいのか?」 聞き返してきたのはレンファンで、それにエルも頷いた。 「あぁ、魔女としては『お気に入り』は出来ればエサにしたくないだろう」 実質問題としてそいつらはほぼ刺青入りだろうから『どこにいても吸えるから集める意味がない』のだが、そこは伏せておく。どちらにしろ重要なのは、魔女としては『お気に入り』からは出来る限りは吸いたくないという事だ。なにせ他の連中から生命力を吸ってお気に入り連中の若さまで保ってやろうとしているくらいなのだから。 「でもよ、他にいなきゃそいつらから吸う事だってあるんじゃねぇか?」 「そうだな、だがまだ今はそれは考えなくていい」 「つまり、お前にはそこまで見越した考えがあんだな?」 「そうだ」 そう言えばエルはため息を吐きつつも了解、と手を上げてから口を閉ざした。後はこちらの言う通りに動くという事だろう。 「さて魔法使い、それで聞くが穴は同時にいくつまで開けられる?」 話に置いて行かれたようで憮然とした顔をしていた魔法使いは、聞かれると眉を潜め、言い難そうにそれでも答えた。 「……2つ、ですね」 セイネリアはそれに嫌味な笑顔で返してやる。 「それなら問題ない」 転送が使える空間系魔法使いというのは、そもそも転送先を確認するためにそこを『見る』ための能力も必要となる。この辺りの原理はクーア神官の転送能力と同じである。 だから当然、空間系魔法使いであるナリアーデはその場へ行かずとも目的の場所を『見る』事は出来る。ただし結界を張られてしまったからその外を見る事は出来ない。それにそもそもその能力で『見る』場合は視界を固定するのに手間取るため、対象があちこち移動していると使い難い。 だから彼女は信者にした人間の視界を使っていた。信者は彼女と繋がっているから、その視界を送って貰う事は容易である。 それともう一つ、魔法使いなら誰でもそれなりに大きな魔力は見える。だから彼らが移動すればその移動先はすぐにわかった。後はその近くにいる信者を彼らのもとへ行かせれば、彼女はその信者の目から見る事が出来るのだ。 あの男を閉じ込めた場所のように特定の部屋だけはすぐ視界を固定できるように印を入れてあるが、それ以外の場所では基本、魔女は忌々しい『客』達をそうして監視していた。 「やっと動いたと思ったら……庭ですって? まさか自分達だけ結界から出る気?」 空間結界を張られたら間に空間の壁が出来て、歩きでも外へは出られなくなる。だが結界の外が見えない訳ではない。だから外にいるギルドの連中に見えるところまで行き、一瞬だけ結界を解いて彼らを外に出そうとしているのかもしれない。一旦結界を解く事があるならそのチャンスを狙って逃げるという手はありだろう。 だが、そう思ったのもつかの間、彼らは中庭の辺りから動こうとしなかった。何か準備をしているのかもしれないが、外側へと向かう様子はない。 「なんのつもり? ……まぁいいわ、地上なら駒には困らないもの」 魔女は笑うと地上にいる『信者』――彼女の可愛い下僕を動かした。後は彼らが人形達をあの馬鹿な侵入者のところへ誘導してくれる。 彼女の下僕、彼女の人形がここにはたくさんいる。魔法使いは基本、生きるためのエネルギーは全て魔力で補充することが出来るから、閉じ込められても彼女が飢える事は当分ない。だがただの人間達は別だ。このまま持久戦に持ち込まれても彼女は一行に構わないが、ここにいる人間達は飢え死にする。 あの黒い男達とその仲間は勿論、いくらこちらの信者であってもこれだけの数の人間を見殺しは魔法ギルドも出来ない。今はまだでも、人間達を逃がそうと結界を一度外す可能性はあるだろう……。 だから焦る必要はない。彼女にはまだ余裕があった。 --------------------------------------------- |