黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【60】



 暗い部屋の中でランプに照らされている場所は二か所。一つはセイネリアと魔法使いのいる場所で、もう一つはエル達がいる場所だ。どうやら彼らは部屋の隅に集まってあまり広範囲に光がいかないようにしているようで、それは例の死体の山を出来るだけ見なくて済ますためだろう。幸いとも言うべきか、死体が全て干からびてカラカラなせいで臭いはそこまでしないから、見ないフリをすればまだどうにか気にしないでいられるというところか。
 話が終わって、セイネリアは皆のもとへ行く前に一度、手持ちのランプを死体の山に当ててみた。

――やはり男ばかり……か。

 干からびて元の姿など全く残さない死体達だが、服装や髪の長さ、体格等で元の性別くらいは判別できる。見て最初に思った事だが死体は男ばかりで、探せば女もいなくはないという程度だ。連れてこられた娼婦よりここにいる兵が人数的に多いからとは言えるだろうが、それにしても男ばかりだ。
 少なくともあの魔女が『エサ』にしているのは圧倒的に男ばかり、というのは間違いない。

「……まぁ、そりゃ確かに女にとっちゃ魅力的な誘い……なんかね」
「あぁ、それに私にとっては特に魅力的な誘いもあったからな」

 そこからエル達のところに歩いて行けば、彼らは彼らでレンファンから話を聞いていたところらしかった。

「なんの話だ?」

 声を掛ければ、皆がこちらを向く。カリンだけは先に気づいて頭を下げていたが、他の面々はレンファンの話の方に夢中になっていたようだ。

「あぁ――話は終わったんか。レンファンの話だとあの魔女な、暗示だけじゃなく、まぁそりゃ女なら従うよなって条件も見せたりして娼婦達を懐柔してたらしいぜ」
「どんな条件だ?」

 聞き返せば、答えはエルではなくレンファンが直接言って来た。

「勿論誰にもではなく、それだけの条件を持ちかけてくるのはあの女が気に入った者にだけだったが……お気に入りになるとあの女に声を掛けられるんだ『いつまでも若く美しいままでいたくないか』と」

 セイネリアはすかさず聞き返した。

「……それで了承すれば刺青を入れる、というのではないか?」
「よくわかったな、その通りだ」
「それなら娼婦達は魔女をさぞ崇拝してたろう」
「あぁ……勿論暗示の所為もだろうが、あそこにいた女達にとってナリアーデ様は絶対で、確かに『崇拝』という言葉の通りだな」

 思わずそれでセイネリアは笑う。つまり――これだけの死体の山を作ったのは、お気に入りにした女達の若さも保ってやろうとしていた所為か、と。

「もう一つ聞く、兵達だが極少数、女達のように意志を持ったままの者がいなかったか?」
「そうだな、確かに――私が見た範囲だと二人いた」
「そいつらは魔女のお気に入りだったろ?」
「恐らくそうだな、少なくとも人形達とは別格の扱いだった」

 そこで思わず喉を鳴らしてしまえば、エルが不審そうに眉を寄せてやってくる。

「何が可笑しいんだ?」
「何、あの魔女の行動がいろいろ見えてきただけだ」
「はぁ?」

 エルは益々きつく眉を寄せたが、訳が分からないという顔をしているのは魔法使いを除く他全員だ。

「こっちの話だ、気にするな。それにこれであの魔女を捕まえる策も思いついた」
「本当か?」
「あぁ、ただどうやらここは兵が襲ってくる事はなさそうだからな、まずは休憩なり食事なり取って、この後に備えておいてくれ」

 ここに兵を置かない理由は想像出来る、さすがにいくら操っている状態とはいえ、これを兵士の目に見せる訳にはいかないだろう。更に言えば、魔女もこんな気味悪いところにこちらがずっと留まっている筈はないと様子を見ている可能性も高い。兵士を出来ればここへは送りたくない事を考えれば、余程長くとどまっていない限りは待っていてくれると思っていい。現状、魔女もまだその程度の余裕がある。

「……まぁ、正直これ見ながらメシ食う気にはならねぇけどよ……仕方ねぇから多少は腹に入れるかね」

 食う気がない時でも食える時に食っておくというのもまた、冒険者の基本である事はエルも承知している。エルやセイネリアよりも冒険者として長いエーリジャもレンファンも苦笑しつつ了承する。カリンの表情が変わらないのは、彼女にとっては死体など珍しいものではないからだろう。

「辛気臭い場所は後少しの我慢だ、次は外の空気が吸えるからな」

 仕方なく食べ物を取り出していた面々は、その言葉に驚いて顔を上げた。





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