黒 の 主 〜冒険者の章・六〜 【59】 「それで、いつでも魔女がここの死体のように命を吸えるようになる、という訳か」 「はい、その通りです。ただし、普通わざわざ繋げた『信者』を吸いきって殺したりはしません」 「信者?」 「あぁ、我々の中での名称です。魔女と契約して契約の印をつけた者を信者と呼ぶのです。……信者を作る事はギルドの禁忌です、だからあの女は『魔女』なのです」 成程、まさに信者と教祖の関係という訳かと、セイネリアは皮肉気に唇を歪めた。 そして魔法ギルドの連中があの魔女を『魔女』と断定したのも……恐らくは、あの高台で操られていた連中にあの印があるものを見つけたからなのだろう。 「それで、信者と魔女はどういう関係になるんだ? ただ命を吸われるためだけに『信者』になってくれるとは思えないが」 「えぇ、本来は互いにメリットがある……ようには見える関係なんですよ」 「というと?」 「魔女が生命力を吸うだけでなく、逆に魔女から信者に魔法を分ける事も出来ます。つまり、信者はちょっとした魔法を使えるようになれます」 「それが命を差し出す代償になるとは思えないが」 「ですから、普通は命を差し出す必要はありません。少しづつ生命力を貰うだけで、当然信者が大勢いればいるだけ一人から貰う生命力は少なくて済みます。信者本人からすれば、ちょっと余分に仕事をしたくらいの『疲れ』を感じる程度です」 だから『本来は互いにメリットがある関係』な訳か――そしてそれが『そのように見える』だけな関係である事も考えればすぐにわかる。 「だが結局、魔女側はいつでも信者から命を吸いきってこうすることも出来る訳だ」 死体の山を指せば魔法使いはため息をついた。 「えぇそうです。それにもし仮に魔女側が絶対にそんな事はしないとしても――これが許されれば、魔法使いはこぞって信者を作ろうとしますからね、だからこれは禁止されなくてはならないのです」 「そうだろうな、そうなったら一般人は信者という名の魔法使いの家畜ばかりになる。……いや、その前に化け物としてまた迫害されるのが先か」 そのセイネリアの嫌味には、さすがにフロスも顔を不快げに顰めた。彼の反応に少しだけ満足したセイネリアは、そこで話を切り替えてやることにする。 「だが、この惨状からすると魔女は随分と命を吸いきって殺してるようだが? 少し話が違わないか?」 「えぇですから多分……足りないのでしょう」 それに返すフロスの声は僅かに安堵した様子が見えた。やはり魔法使いとしては魔女と信者に関する問題はかなり都合が悪い話らしい。 「足りない?」 「歳を取れば取るだけ体の維持に掛かる魔力は多く必要になると言われています。後は本人の元の魔力が少ない、というのもあるのかもしれません。ともかく、信者の負担にならない程度に吸うだけでは体の維持が追い付かないのでしょう。あぁ、元から信者の数が少ないというのも考えられますね」 セイネリアはそれで少し考えて、それから聞いてみた。 「それはあの婆さんが『若さ』だけでなく『美貌』にもこだわっている所為じゃないのか?」 魔法使いはそれは頭になかったようで、一瞬考えた素振りを見せたが、暫くすると納得するように言った。 「あぁ確かに……それはあるかもしれません。僅かでも自分の外見に問題が出るだけで許せないというなら……これだけ大量に命を吸っているのも分かりますね。それでもまだ多過ぎるとは思いますが」 当然の事ではあるがセイネリアにはこの死体の山が多すぎるのか、逆にこれくらいあって当然の量であるのかは判断がつかない。なにせ人間一人の生命力が魔女にとってどの程度の『効果』になるのか分からないのだから判断基準がない。ただフロスは嘘を言ってはいないだろうから魔法使い基準で『多すぎる』のは確かだと思われた。 --------------------------------------------- |