黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【58】



 誰もが表情を強張らせる中、セイネリアは明らかに『失敗した』という顔をした魔法使いの顔を見て彼に聞いた。

「これはどういう事だ? あんたは分かってるんだろ?」

 その部屋にあったのは、たくさんの死体だった。
 しかもすべてが干からびてしわがれ、水分の一滴もなくなったような異様な死体ばかりが、無造作に積み重ねられて山を作っていた。
 魔法使いは暫くは酷くバツが悪そうな顔でこちらを見ていたが、やがて諦めたように息を吐いて呟いた。

「……これが魔女の僕(しもべ)の成れの果てですよ」
「どういう事だ?」

 聞き返したのはエルだ。

「『魔女』とはギルドで禁止されている術を使った者の事を言います。実をいうとですね……人を暗示で操る事だけならギルドとしては禁止してはいないのです。ですがこうして人間から生命を吸う術は禁止されています。だからこの魔法使いは魔女なのです」
「命を吸うって……どういう事だよ」

 ごくりと唾をのんで、エルは魔法使いの顔と死体の山を見比べる。

「魔女のあの若く美しいままの姿は、これだけの命を吸っているから、といえばわかりますか?」

 それにはセイネリア以外の全員が息を飲む。魔法使いの言った事はこの死体の山を見ただけでセイネリアには予想出来たが、ならばもう一つの予想がある。

「それで、例の刺青はその為にどんな役割を果たすんだ?」

 途端、柔和といっていい顔付きだった筈の魔法使いの顔から表情が抜けて不気味さを纏う。だが彼は暫く黙ってからセイネリアの方を向くと、いつも通りの笑みを浮かべて言ってくる。

「そこまでは皆に言ってはいけない事になっています。……ただし、魔槍の主である貴方だけは教えてもいいとは言われています」

 セイネリアは考える。フロスに悪意はないがケサランに比べれば情が希薄で典型的な『魔法使い』だと言える。つまり彼のようにこちらを考えての発言はしない。あくまで魔法使いらしく、魔法ギルドの目線でこちらに話している。

「そうだな、なら俺だけに教えろ」

 ただどちらにしろ、知る機会があって知らないままを続ける気はセイネリアにはなかった。ただし、『彼ら』は巻き込むべきではないから残った連中に告げる。

「そういう事だから、お前達はちょっと離れててくれないか。いいか、話を聞こうとは思うなよ、その方がお前達のためだ」

 セイネリアの直感ではフロスよりケサランの方が信用は出来る。その彼が『出来るだけは知らないほうがいい』といったのだから、彼らは巻き込むべきではないだろう。
 エル達は多少は不満そうな顔をしていたものの文句を言う事はなく、それより心配そうにこちらを見ながら離れていく。その彼らの視線があまりにも自分に対しては『らしく』なくて少し笑ってしまったのだが、まぁこれが『仲間』という奴なのだろう。

「さて、私としてももう少し貴方とは込み入った話をしたかったので丁度良かった」

 皆が離れたのを見ると、魔法使いは軽く杖を振って呪文を唱えた後、そう言ってセイネリアに向き直った。

「今のは? 奴らに聞こえないようにでもしたのか?」
「えぇ、そう思ってくださって構いません」

 それくらいの準備はするか、とそれ自体は魔法使い『らしい』。

「で、刺青はどういう機能があるものなんだ?」

 聞けば、魔法使いは今度はあっさりと答えた。

「単純に、魔女と魔力、この場合はその生命力ですが――を繋ぐのです」





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