黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【6】



 空間移動というのなら、おそらく移動手段としてクーア神官のような転送が出来るのだろう。
 だが魔法使いの発言の後、彼の隣に座っていたもう一人が忌々し気に口元を引き結んでいたのにセイネリアは気が付いた。
 だから魔法使いの話はそこで終わらせる事にして、セイネリアはそちらの人物に声を掛けた。

「確かに説明より実際見た方が早いだろうな。……で、そっちのあんたは、なんのスキル持ちなんだ? この仕事に役立つという話だが」

 そこで気がついたようにその人物は姿勢を正すと、頭を覆っていたフードを下ろした。

「私の名はレンファン、クーア神官だ」

 フードから落ちた長い髪を見た途端にエルとエーリジャが感嘆の息を吐いたが、『彼女』のその発言で彼らの表情は驚愕に変わる。
 まぁ、驚くのも無理はない。
 女だというのはフードを被っていた時から皆分かっていたものの、マントから出て見えていた彼女の恰好はどうみても女剣士で、それでアッテラ以外の『神官』だと名乗ったのだから。

「えー……っとすまねぇ、クーア神官っていうのはその……」

 エルが思わずそう声を上げたが、レンファンに睨まれて語尾を濁して口を閉じた。彼女はそれで軽く息を吐きだすと、不機嫌なのが分かる固い声で続けた。

「神官に見えないのは仕方ない。実際私は剣士として仕事をしている」
「で、なんの術が使えるんだ?」

 セイネリアが聞けば、やはり彼女はこちらを睨んできたが、目が合うとすぐに視線を落とした。

「クーア神官と言えば千里眼か空間移動だと思うだろうが……私はハズレの方だ、私が使えるのは『予知』だけしかない」

 それで先ほどの魔法使いの発言に反応していた訳か、とセイネリアは彼女の事情を察した。
 クーアは元々予言と千里眼の神である。だがクーア神官といえば千里眼と空間転送というのが一般的にまず真っ先に思い付く能力だ。その能力の有用さは言うまでもなく、ただし能力の特殊性故かクーアの術はたとえ神官になれたとしても適正がないと使えない。
 だが逆に適正があってクーア神官になれれば一生家族は食うに困らない、と言われる程の仕事的需要があって、信徒も神官の数も少なくてもクーア神殿はどこも忙しくて裕福だった。
 なにせクーア神殿では複数の神官による各町間の物資転送を行っている。生ものや貴重品の転送等、高級品ばかりを扱っているだけあって実入りがいいのは当然だ。
 ちなみに人間の転送も出来るが、値段が高く予約が必要というのがあって冒険者で使う者はまずいない。ただし樹海探索の仕事だけは事務局から補助が出て行きだけは転送が使えはする。

「予知の術ってすげぇんじゃねぇか? なんでハズレなん……」

 エルの呟きはまた彼女に睨まれて止まった。

「予知は基本100%ではないからだ。先の事であればあるだけ的中率が下がる」
「そんなに差があるのか?」

 正直セイネリアもクーアの千里眼や転送能力はよく聞くが、予知能力についてはほとんど聞いた事がなかった。

「あぁ、1分後の事なら9割がた当たると思ってくれていいが、一日後の事なら当たるかどうかは五分五分だ。1週間後の事になれば2,3割だな。専門家がデータで予想するよりずっと低い。しかもその予知内容からしても先の事になればなるだけ漠然としたものになる」

 だからハズレというわけか――セイネリアは納得しつつも、それで彼女がどうして剣士として働いているの方が気になった。もし彼女が剣士としてその術を利用しているのなら面白い事が出来るのかもしれない。
 とはいえ現状、別段彼女にそこまで期待をしている訳でもなかった。



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