黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【56】



 全員無事合流出来たという事で、ここまでは予定通りか、とセイネリアは思う。となれば次の手を考える前に、出来るだけ状況を把握する必要があった。

「まず、そっちの状況を教えてくれ。俺はいきなりここへ連れて来られて婆さんにけしかけられた連中を倒してただけなんでな」
「婆さん?」
「あの魔女だ」

 エルが目を丸くすると、フロスがすかさず笑いながら答えた。

「よくわかりましたね。確かにあの魔女の実年齢は100歳前後……というあたりだと思います」

 それにエルがぶっと吹き出して、周りが驚く。大体想像通りだったセイネリアとしては驚く事ではない。

「エル、とにかく状況の説明だ。ここは何処だ、それと魔女はどうした? 会ったんだろ?」

 だらだら雑談をする気はないから話を戻せば、今度はエルも表情を引き締めた。

「あー、まずここはシシェーレの外れにある、コウナ地方領主デルエン卿の別荘らしい。んでフロスがお前の居場所が分かったって事でここへ連れて来てくれた訳だ」
「転送でか?」

 この短期間で来れたのだからそれしか考えられないが、それでも一般的な手ではないから疑問は残る。

「あぁうん、魔法使いさんはお手軽長距離転送が出来るんだとよ。だから屋敷の前まではそれで一瞬だ。ただ貴族様のお屋敷は断魔石に守られて転送じゃ入れないって事でさ……聞いてくれよぉ、俺が出口用の穴を設置したマント持って自力で中へ入ってそっから皆を入れたんだぞ」

 そこまで聞いて、セイネリアは魔法使いの方を見た。

「お前の魔法……転送用の穴は出口も別に作れるのか?」
「えぇそうですよ。入口を作って出口を設定するのが普通ではありますが、出口を先に作っておいてそこへ繋げる入口を作る、という事も出来ます」

 そこでセイネリアが黙った事で、その話は終わりと思ったらしくエルが続きを話し始める。レンファンが高台の時の魔法石で暗示に掛からず済んだ事、暗示に掛かったふりをしてエル達を捕まえ魔女のところへ行って捕まえようとし、逃げられた事等。ついでに魔法使いが言うところによれば、外には魔法ギルドから来た連中が結界を張っているから魔女はこの屋敷の敷地内から出る事は出来ない、という状況らしい。

「……ふん、一応追い詰めている状況とは言えるのか。だがいくら場所が限られてるとはいえ、ここを知り尽くしているだろうあの婆さんとの追いかけっこは面倒だな」
「えぇ、ですが実際はあの魔女の杖を取り上げられればいいだけです」

 そこでエルが話に割り込んできた。

「杖がなきゃ魔法使いってのは魔法が使えないのか?」
「そうではありませんが、杖がないとマトモな術が使えなくなります。杖がなくても極簡単な基礎魔法くらいは使えますが……少なくとも転送で逃げ回る事は出来なくなります。そうなれば捕まえるのは簡単でしょう」

 確かに杖を取り上げられればいい、というなら転送で逃げ回る女を捕まえるという目標よりはまだマシか。杖を取り上げればいいだけというなら、杖を破壊してもいい訳だろうとセイネリアは考える。
 だがそこで、気配を感じてセイネリアは部屋の中央に目を向ける。
 他の連中にも注意を向けさせるように、マントを払って、槍を構えた。

 そこには3体目になる、例の牛頭の化け物が現れていた。

「ちょ……なんだよあいつは」

 エルが慌てて長棒を構えてから後ろにつく。レンファンもカリンもエーリジャもそれぞれ敵に向けて戦闘態勢を取っていた。

「おいセイネリア、強化はいるか?」
「いらん、それにお前達の加勢もいらない」
「は?」

 間抜け声を上げたエルに一瞬だけ顔を向けて笑ってやると、セイネリアは魔法使いに向けて声を上げた。

「どうやらこちらが合流したのが向うにバレたらしい。フロス、移動するぞ。とにかく別の部屋へ、いつまでも同じ場所にいると狙われる」

 魔女がここを拠点としていると考えれば、こちらの動きが向うに見えるような仕掛けがあってもおかしくはない。特にこの部屋は残されたセイネリア達の様子を見る為に、魔女は必ず見る為の手段を作ってあると思っていい。
 それにしても、二度倒されている敵をわざわざ出すのはこちらを部屋から追い出す為か、こちらを疲弊させる為か――後者ならおそらく移動した先でも襲われる可能性はあるが、ここにずっといても埒が明かないのは確かだから移動しない理由もない。

「おい本当にいいのか」
「あぁ、既に同じ奴を2匹倒してる。俺だけでいい、お前達は先に行ってろ」

 言ってセイネリアは半獣半人の化け物に向けて駆け出した。





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