黒 の 主 〜冒険者の章・六〜 【55】 引かれ石の光り方が強くなればそれだけもう片方の石が近くにいる、という事になる。確かにここにきて最初に見た時より光は強くなっている気がするが、どれくらい近づいているか正確に分かる訳ではないから近づいた実感がない。 「ったく、どんだけ深くまでいくんだよ」 エルは毒づくが無理もない。とりあえず魔法使いの説明によれば、行きすぎたりしないように一階層づつ下へと降りているらしいのだが、地下へ向かってすでに5回『穴』を移動している。地下室、なんて普通こんな何層もあるものじゃない筈だった。 「一体どうやってこんな地下に部屋作ったんだよ。掘るだけでも気が遠くなる労力だろ」 だがエルのその呟きは、バカバカしい程単純な答えで返された。 「掘っていませんよ。魔法で地下をくりぬいただけです」 「はぁ?」 思わず間抜けにそれしか返せないでいれば、魔法使いはさらりと説明してくれる。 「そうですね正確に言うなら、地中の部屋を作りたい場所に空間の穴を開けるんです。そうすれば自動的にそこにあった土は穴の出口に飛ばされます。きちんとした部屋にするためにその後外壁を作るのは手間となりますが、地中に部屋の為の空間を作るのは簡単です」 「はぁ……」 なんだそのインチキ、と思ったが、あれこれ言う気は既に失せていた。確かに魔法は便利過ぎてすごいもんだとはわかっていたが、それが思っていた以上だというのは今回何重にも思い知ったところだ。 だが、また新たな穴を作る為に壁に手を当てていた魔法使いが、そこで明らかに笑った。 「『彼ら』を見つけました。とりあえず無事合流は出来そうです」 「え、彼ら?」 「はい、二人とも一緒にいますよ」 それで明らかに安堵の空気が面々の中に広がる。 エルもほっと胸を押さえて、肩の力どころか一気に全身、気分も楽になった。我ながら彼に依存しているなと自覚しつつ、とりあえずこれで後は全部セイネリアにぶん投げればどうにかなると思って……いたのだが。 「いやちょっと待て、どういう事だよ」 穴をくぐって確かにセイネリアとカリンの姿を見て良かったと思ったのもつかの間、セイネリアがこちらの顔を見た途端言った言葉は――。 『早くこいエル、カリンに治癒を頼む』 確かに見れば、セイネリアに抱きかかえられているカリンの顔色は良くなかった。セイネリアが急かす事なんて珍しいし、エルは前述のセリフを叫ぶとすぐに二人の元へ向かう事になった、という訳だ。 「ったく、何の怪我したんだ?」 カリンの足に肌の表面を削ぎ落したような傷がある。 「説明は後だ」 「お、おう、そうだな」 確かに説明は後でいい、今は治療が先だ。外傷の治癒なら正直アッテラよりもリパの治癒術の方が早いし確実ではあるのだが、大怪我でないのなら治す事自体は問題ない。ただ女性の外傷となれば、傷を塞げばオッケーという訳ではないから慎重にはなる。アッテラ神官が受け持つ怪我人というのは基本、軽傷者や、とりあえず傷を塞げばいいという相手ばかりだから基本は雑で、こんな気を使う事はまずない。 だから傷を塞ぐまでは良くても、その後からが問題だった。 「傷はこれでいい、けどよ……後でリパ神官に見せた方がいい、俺じゃ傷跡なく綺麗にってのは無理だ」 一応出来るだけはやってみたが、アッテラの治癒は本人と意識を同調させて『悪いところを治す』のが主であるから、傷跡を消すようなのは得意ではない。『見て』分かる異常を治すのはリパ神官が得意で、逆にアッテラは見えない内部の治療はリパよりも得意だ。 「そうだな、今は十分だ」 「ありがとう、エル」 セイネリアは納得しているしカリンも笑って礼を言ってくれたが、エルとしては少々申し訳ない気分になる。そら男なら傷跡は逆に勲章だなんて言えるが、若い女性にはそういう訳にいかないし、カリンが美人だから勿体ないという思いもある訳で……なんというか、自分の力の及ばなさも含めて愚痴りたくなるのは仕方ない。 「……てかそもそもなんでそんな怪我してンだよ、お前がついててよ」 だがそれに答えたのは、セイネリアでもカリンでもなかった。 「いえ、貴方の判断は正しいですよ」 魔法使いが言えば、セイネリアが明らかに不快げな視線を彼に投げた。 「やはりアレがあると相当にマズイんだな」 「はい、手っ取り早く確実にどうにかするなら、こうして無理矢理除去するか魔女を殺すしかありませんでした」 だが、エルには彼らの話が見えない。完全な置いてけぼりである。 「えーと、説明しろっていっても……」 恐る恐る聞いてみれば、やはり予想通りの答えが返ってきただけだった。 「言ったろ、事情の説明は後だ。ともかくさっさとこの胸クソ悪い仕事を終わらせるぞ」 「……はいはい」 これは予想通りでエルはあっさり諦めた、その代わりに。 「わーったから、さっさと魔女をとっ捕まえる方法を考えてくれよ」 「あぁ、分かってるさ」 それが彼らしく自信に満ちた笑みと共に返されたから、俄然こちらもイケる気がしてモチベーションが上がる。まったく本当に憎たらしい男だが、味方としてはこれ以上頼りになる奴もいないよな、とエルはまたしみじみ思った。 --------------------------------------------- |