黒 の 主 〜冒険者の章・六〜





  【52】



「早くしてください」
「ンな事いってもよっ」

 更には廊下からは足音が近づいてくるの聞こえて、エルの背筋に冷たい汗が浮かぶ――そうだ、廊下に配置された連中までやってきたらとてもじゃないが抑えられない。

「くっそ、吹っ飛びやがれ」

 やけくそで大きく長棒をぶん回しても、甲冑を叩くだけで騎士は引いてはくれない。だがそこで、鎧数個所に矢がぶつかって騎士がよろける。更には騎士のマントに矢が刺さって壁に引っ掛かり、追いかけてこようとしたその足が止められる。

「ありがてぇっ」

 その隙にエルは急いで逃げると床にあった空間の穴に飛び込み……そして、落ちた。

「だーっ……てぇぇっ」

 今度は横ではなくて、下へ。穴をくぐった転送先にはやはり床がなく……というか思ったよりも床は下にあって、今度は重力通りエルは穴から床に落ちたのだ。

「すみません、時間がなかったのでそのまま下の部屋に抜ける穴を作りました」

 つまり上の部屋の床から下の部屋の天井へと落ちた訳か、とエルは既に穴がふさがっている天井を見つつため息をついた。

「今回は基本皆落ちたから、エルだけじゃないよ」

 エーリジャが手の伸ばしてくれながら言ってきて、エルは、はいはい、と呟きながらその手を取って立ち上がった。

「あー……仕方ねぇのは分かってるよ。んで動けないような怪我した奴ぁいねぇか、治癒掛けンなら今のうちだぞ」
「いや、大丈夫だ」
「まぁ、ちょっとひりひりするけど大丈夫」
「んじゃ、こっから魔女探しか……」

 言いかけてエルは思い出した。

「いや、その前にセイネリアと合流しよう。魔女が平然としてたあたり、あいつが心配だ」
「そうだ、それにここで一度もカリンを見てないんだ。彼女も探さなくてはならない」

 レンファンに言われてエルは顔を顰めた。

「もしかしたらカリンは暗示に掛かってる……とかあるか?」
「十中八九掛かってる、と思ったほうがいい」

 エルは手で顔を覆う。そりゃ最悪のシナリオじゃねぇか、と。

「でも君も暗示を掛けられたんだろ。それで大丈夫だったのなら、彼女も大丈夫だった可能性はあるんじゃないか?」

 赤毛の狩人の言葉にクーアの女神官は首を振る。

「それは……私は運が良かったんだ。暗い部屋に一人で閉じ込められて魔女の声が聞こえたところでこれを使った」
「あぁ、成程」

 レンファンが言いながら取り出して見せたのは、チェーンがついた赤い石。それは確か、あの高台で襲われた時にフロスがレンファンに渡したものだ。

「へたに暗示に掛かるよりはこれで寝てしまえばいいんじゃないかと自分でこれを見たんだ。起きたら他の女達と一緒の大部屋にいたから……後は彼女達をマネして暗示が掛かっているふりをしていたという訳だ」
「だけど、カリンはその部屋にはいなかったって事だよね?」
「あぁ、いなかった。暗示に抵抗したか、それとも特別に気に入られでもしたのか、ともかく別扱いな事は確かだ」

 聞いてエーリジャも深刻な顔をする。エルは頭を抱えながらも考えた。
 レンファンが暗示に掛からなかったのがフロスから渡された石の所為となれば、それを持っていないカリンが大丈夫だとは考え難い。しかも気に入られて特別扱いとなれば……どんな状況か想像もつかない、というか想像したくない。

「だー……考えるのは俺の役目じゃねぇっ。ともかくまずはセイネリアだ、あいつならこの石で見つけられる。そっからあいつに考えさせりゃいい」

 言って例の引かれ石を出せば、やはり石はとある方向を指しながらも光が真ん中に寄っていた。だから石を縦にすれば光の位置はハッキリと下を指す。

「最初の計画通り、この石が指す方向にいくぞ。フロス、頼む」
「はい、少々お待ち下さい。今度は落ちなくて済むようにしますので」
「あー……頼むわ」

 そのやりとりに、エーリジャがクスクスと笑った。
 更に彼は、魔法使いの作業を見ているエルに言って来た。

「……でもエル、神官の君が考える役じゃないなら、君の役目は何なのかな?」

 嫌味なのか赤毛の親父の顔は腹黒そうな笑みだった。

「ンなの決まってンだろ、俺ぁあいつのクッションだよ。あいつは無茶苦茶すげー奴だけど、危なすぎて一般人は近寄れねーだろが」




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